3 昔やった事が──
アルの操るスペースシップは、一路イントロンのアジトに向かっている。ディヤーヴァという爆弾を抱えたままで──。
ナギはディヤーヴァに寄り添い片時も離れようとしない。ヴィーは二人を窺って溜め息を漏らした。二人の仲良い姿を見るたび、胸がモヤモヤとざわめくのは何故か。
「言っておくが、これから会う連中は、私たちと違って歳を取った経験者も多い。あの時のことを鮮明に覚えているだろう。皆に反発を買わないようにしろよ」
ヴィーにすれば精一杯の譲歩だったが、ディヤーヴァはその忠告をせせら笑う。
「覚えているのなら俺の名前は恐怖と共にあるだろう。俺を敵に回さない方が身の為だと身体で覚えているだろうよ」
ヴィーの頬が染まった。手が剣にかかる。
「キュゥーキュゥー」
遮ったのはラプター・トランとナギだった。首を上下に振ってヴィーの前に回ったトランが、ベロンとヴィーの顔を舐める。
ディヤーヴァの後からナギが首に齧り付いて、その顔を自分の方に向ける。ヴィーは獣の顔を手で払いのけて、獣は翼をバサバサとはためかせた。ディヤーヴァはナギの唇をチョンと啄ばむ。えらい違いだった。
その騒ぎで反対側の隅にいたメイとユリアーナが振り返った。
「今度行く星には、私たちの両親がいるんでしょ」
メイは黒い瞳をヴィーに向けて聞く。
「そうだ。君たちのご両親、メイによく似た父上と、ナギによく似た母上とが待っていらっしゃる」
メイはもう一度ケースを取り出した。しかし開かずに持ったままだ。少し不安そうな顔をしていて、今度はユリアーナの方が励ますようにメイの手を握る。
ナギはディヤーヴァの首に腕を回したまま、メイを見守っている。まるで人事のように。
メイもナギも両親という言葉に実感が湧かないようだった。写真を持ち、これが母親だと言われて育てられたメイからしてそうなのだから、孤児院に捨てられ、親のなんたるかも知らずに育ったナギにとっては想像も出来ないのだろうか。
ヴィーは十五年前の経緯を掻い摘んで説明した。
「十五年前、生まれたばかりの君たちは何者かに攫われた。そのすぐ後で、アームズの襲撃があって、我々は壊滅状態に陥り、君たちの捜索に充分な人手を割くことが出来なかった。やっと組織が立ち直り、君たちが生きていると分って捜索を始めたが、行方は杳として知れなかった」
メイもナギも目を丸くして聞いている。
「この前、クレイグという男が我々に連絡を取ってきた。双子の居場所を知っていると。アームズに捕まる前に保護して欲しいと」
「クレイグは、もう少ししたら迎えが来ると言ってたわ。でも、アームズの方が先に来て……」
メイは唇を噛み締めた。
「我々の中から選りすぐりの能力者が迎えに行ったが、誰も帰って来なかった。それで私にお鉢が回ってきたんだ。アームズはクレイグとメイが住んでいた砂漠の惑星ナジューラへの航路があるエリダ星系で待ち伏せをしていた。私より先に行った者で捕縛された者もあったようだ。私は何とか逃れたが着くのが遅くなってしまった」
「ああ、アルに聞いたよ。囮になってあんたを逃がしたんだろう? なんて賢い人工知能だと思った」
瀕死の姿で、カダイルに着いた清掃シップから吐き出されたマシン。ボロボロの姿で、横柄にナギに修理を要求した。あの日からナギの世界は一変した。
「アルは私の大切な相棒だ」
ヴィーは操縦席の前に並んでいる計器類をそっと撫でた。
『ゴ主人』
アルが人間のように嬉しそうに答える。ついでにウィンと低いエンジン音で機体を揺らせた。
しかし、アルのせいでナギはディヤーヴァとくっ付いてしまったのだから、ヴィーにとっては皮肉な廻り合せかもしれない。
「こいつらの親はイントロンのお偉方か、指導者的立場の人物か、アームズにとってよっぽど消したい人物なんだな」
「……」
ヴィーは黙ってディヤーヴァを睨む。
「しつこく生きてたって訳だ」
「生きていたことを感謝するんだな。でなきゃ、あんたはナギにとって親の敵だ」
ディヤーヴァは肩を竦める。その側にナギは張り付いたままだ。
「キュルキュル」とトランが背後からヴィーの肩に首を回して、肘鉄を食わされた。
人々の思惑を他所に、船はその星へと近づいてゆく。
『リゲル五十五番星系ユーロパニ到着』
アルがアナウンスをする。スペースシップの近付く星がスクリーンに映し出される。赤い惑星の衛星の一つに。
画面を見てディヤーヴァが腕を組んだまま呟く。
「あれは」
「そうだ。覚えがあるだろう。十五年前、お前が破壊した星だ」
「同じ星にか。イントロンはしつこい」
「私たちは何度でも立ち上がる。最後の一人になるまで何度でも」
イントロンというだけで狩られた。人より優れた資質を生まれながらに授かった故に。
アルの操るスペースシップはゆっくりと衛星ユーロパに降下を始めた。
船が高度を下げるに連れて、スクリーンに映し出されるユーロパの景色が段々鮮明になってゆく。
白いガスの中に壊れて鉄骨の剥き出しになったビルが黒く浮かび上がる。曲がりくねりあるいは垂直に切り立った道路がシダや苔に塗れている。小高い地にある森と思しき辺りは、木々が薙ぎ倒されて腐れ果てている。広い湖はただ黒く静まり返っていた。
廃墟の星だった。
「これをあんたがやったの?」
「ああ、俺がやった」
(軽蔑するか。逃げるか。嫌いになるか──)
ナギの身体が震える。
地の底から何かの叫びが聞こえてきそうだった。顔を逸らせてはいけないのだろうか。目を逸らせてはいけないのだろうか。受け止めねばいけないのだろうか。
(俺の手は小さい。この思いを受け止めるには、あまりにも俺の器は小さい……)
「止めろ。壊れてしまう」
大きな温かい背中が目の前に現れて、何もかもを遮った。
「あんた一人で受け止めるのか」
「ああ、自分のやったことだからな」
(なら俺は背中を守ってあげる。身体が凍えてしまわないように)
「俺は、お前を殺していたかもしれないんだぞ」
「でも生きている。過去に何があったとしても、俺は今生きてあんたの側にいる。ならば共に受け止める。何もかも。誰を裏切り、何を失ってもあんたを失いたくない」
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