2 俺は裏切り者じゃない
「お母さんの名前だわ」
メイがそう言ってポケットから写真を取り出した。カチッと小さな音がして銀色のケースが開く。開かれたケースの上に女性の像が結ばれる。
「ああ、ルスの写真だわ」
エッダが溜め息を吐くように言った。
「確かに──」
と言いかけてニコはディヤーヴァの方をチラと窺う。ディヤーヴァがフフンと鼻で笑った。その場の空気が緊張する。
「あの」
ディヤーヴァの後でベッドから身を起こしたナギが声をかけた。皆が一斉に注目する中、ナギは無邪気に言った。
「ディヤーヴァは敵じゃない。ずっと今まで一緒に戦っているもの」
「しかしコイツは、いつまた裏切るか分ったもんじゃない」
ヴィーが吐き捨てるように言う。
「俺は裏切り者じゃないぜ」
ディヤーヴァはニヤリと笑って返した。
「人間じゃないからな」
皆が驚きの顔でディヤーヴァを見る。
「では、何だというんだ……」
ニコが掠れた声で聞く。
「昔、滅んだ種族の再生種だ。そいつと同じ」
ディヤーヴァの指差した方向に、ヴィーに張り付いている獣がいる。皆に注目されてキョトと首をかしげた。
「キュ?」
この世にはもう居ない絶滅した種族。アームズによって生み出され、甦った再生種。
「アームズと言えども滅多に成功しないそうだぜ。まともな奴にはお目にかかったことがないからな」
ディヤーヴァの力は強大だった。その衝撃波の破壊力は、一緒に戦っていたヴィーも認めている。ましてや十五年前に殆んど殲滅させられるまでに追い込まれたイントロンたちにとっては、恐怖と共にその名がある。
しかしディヤーヴァの力は、アームズにおいて強化されたイントロンだという認識が一般だった。だから裏切り者と言われた。誰も知らなかったし知らされなかったのだ。極秘中の秘として作った者と本人以外は。
だが、その力はイントロンゆえでなく、未知のエイリアンゆえだったのか。
確かにイントロンの誰よりもその力は凄まじい。
ナギがディヤーヴァの背中に縋った。
「それ本当?」
「まあな。アジールという良質の石が採れる惑星がある。そこの石切り場で発掘されたミイラが素だそうだ」
ディヤーヴァは他人ごとのように淡々と言う。
(エイリアンなのか。それももうすでに滅んでしまった。じゃあディヤーヴァとその妹と二人っきりしかいなくて、なのにその妹は死んじゃったんだ)
ナギは背中からディヤーヴァを抱き締める。そしてふと思い出した。
「じゃ、ベンジャミンは?」
「ああ、俺も聞きたいと思っていた。あいつは何者なんだ」
ディヤーヴァがナギを振り返る。
「ベンジャミンとは?」
ヴィーが不信そうに聞いた。
「ディヤーヴァそっくりの小さな子供がいたんだ。ベレスフォードが跡継ぎだと言っていた」
男達が気色ばむ。
「そうか! それでベレスフォードはここに来ていたのか」
ニコが拳を握って聞いた。
「まだいるだろうか」
「逃げたな」
ベレスフォードはベンジャミンが出てくると、慌てて子供を抱えて逃げ出した。ディヤーヴァもナギも獣も、何もかも放って。
「君を我々のアジトに案内しよう」
ニコが手を差し出した。ディヤーヴァがニヤリとその手を握る。ヴィーは腕を組んで黙って見ている。
「ヴィー、そいつの名前はトランって言うんだ。ベンジャミンが名付けた」
ナギにそう教えられてヴィーは仏頂面のまま頷いた。
「可愛がってやれよ」
ディヤーヴァが意地悪く交ぜっ返す。ヴィーの側で獣がキュルキュルと鳴く。ユリアーナは獣とヴィーを見て溜め息を吐き、メイが慰めるように側に寄った。
結局、ナギたちはヴィーの船に戻り、二隻のスペースシップでアジトに向かうことになった。
メイがユリアーナに元気付けるように言う。
「歌って、ユリアーナ」
しかし、ユリアーナの代わりに獣が羽を広げて声高く歌いだす。
「キュルキュルキューーー!!」
「うるさい」とヴィーに叩かれた。
「キュ」
獣はそれでも負けずにヴィーの側にくっ付く。ユリアーナが俯いてしまったので、メイは気分を浮上させようと話しかける。
「ほら見て、ユリアーナ。テラって青い綺麗な星なのね。とってもロマンチックじゃない」
「そうね……」
ユリアーナにとっては故国にも等しい星だった。潤んだ青い瞳で遠ざかる惑星を見詰める。メイがその横顔を見てホウッと溜め息を吐いた。
ディヤーヴァとナギは船の片隅に寄り添って、遠ざかる青い星を眺めた。
「何で一人で行っちゃったんだよ」
小さな声でヒソヒソとナギが責める。
「ベレスフォードがあの別荘に寄ると思ったんだ。ナシをつけてやろうと思ってな。俺たちはあそこで成長した」
「そうだったんだ」
「お前は何であんな所にいたんだ」
反対にディヤーヴァが問うた。
「だって、あんたを追いかけて迷って……」
ナギの瞳が潤む。
「見失ったら二度と会えないような気がしたんだ」
ディヤーヴァは溜め息を吐いた。確かに二度と会えないだろう。あの地でベレスフォードと刺し違えるつもりだったのだから。
妹が死んでから、ディヤーヴァはベレスフォードに楯突いた。アームズに追われ、小惑星群に船を放って小さな星に降り立った。あの星で、生きている意味があるのだろうかと自分の手を見て過ごした。
ある日、小さな子供が目の前に立って、自分を買ってくれと言うまで──。
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