五話 イントロンのアジト
1 野暮なこと、聞くなよ
ヴィーのスペースシップを操る人工知能アルから連絡が入って、ヴィーたちはディンゴの北のはずれの海岸に向かった。
ヴィーとメイとユリアーナ。
ディヤーヴァがいると聞いて、ニコはエッダの他に仲間を数人引き連れた。船から下りれば、西に傾いた満月が誰もいない砂浜を明るく照らしていた。
「ナギは本当に乗っているの?」
メイに聞かれてヴィーは頷いた。
「ディヤーヴァも一緒に?」
更に聞かれて顔を顰める。
ディンゴの海岸に向かっていたアルは、アームズから逃げているナギとディヤーヴァに運良く遭遇したのだ。彼らはアルの船内に飛んだ。そして追い縋るアームズを振り切った。
無事だとアルが連絡をよこしてきたのだ。しかし、何故ナギとディヤーヴァは何も言って来ないのだ。
まさかとヴィーは思った。何も言えない状況がそうそうあるだろうか。ヴィーの頭の中に、あの森と湖の星でのナギとディヤーヴァの痴態が浮かび上がった。頬が何故か怒りで高潮する。
何も知らないニコが能天気そうに聞いた。
「何で双子の片割れは、あの悪魔と一緒なんだ?」
ヴィーは答えるのが嫌であらぬ方を向いて押し黙った。
「どうしたんだ?」
整っているだけに表情の乏しいヴィーだが、それゆえに感情はあまり表に出さない男だった筈だがと、ニコは幼馴染の顔を赤い頭を捻って見る。その隣でエッダが遥か水平線を指差して叫んだ。
「来たわ」
アルの操るスペースシップが海上すれすれに現れたのだ。船は見る間に皆が待ち構える砂浜に到着して、ゆっくりと砂浜に降り立った。
ウィンと軽い音がして入り口が開いた。真っ先に下りてきたのはディヤーヴァでもナギでもない。白い獣だった。
身体中に生えた白い羽毛。飛び出たとたん羽を広げてキュルキュルと鳴く。白い羽が月の光を浴びて淡く赤や青や緑の色を浮かび上がらせる。
「綺麗……」
思わずそう口走ったユリアーナの方に顔を向けてキョトとかしげた。真っ黒い瞳。太くて長い尻尾。口は大きく裂けてギザギザの牙がある。その恐ろしげな口をクアッと開けてバサと羽ばたく。
「きゃ」
ユリアーナは小さく悲鳴を上げてヴィーの後ろに隠れた。獣の顔がヴィーに向く。キョトと反対に首をかしげた。
「キュルルル」
獣は二本足でドッドッとヴィーに突進して行った。驚く間もあらばこそ、翼に生えた鉤爪でヴィーを捕まえ押し倒した。
「わっ」
そこにいた皆が慌てて獣に銃を構える。
「そいつは大人しいぜ。何もしやしない」
後から声がかかった。銃を構えたまま皆が振り返る。
背の高い男が一人、船の入り口に立っていた。長い黒髪に浅黒い肌。額に赤い宝石。
傲然と上げた顎、薄く笑った唇、切れ長の黒い瞳は油断なく周りを見回している。薄いシャツ一枚の上半身からでた、綺麗に筋肉の付いた腕に、大事そうに布に包まったものを抱えていた。
下半身はゆったりしたズボン、腰に上着やら布切れを巻きつけて、その下に短剣が覗いていた。
「ディヤーヴァ!!」
そこにいた者たちが一斉に男に銃を向ける。ディヤーヴァは軽くその真ん中に降り立った。
角度が変わってディヤーヴァの腕の中にいるものが曝け出される。男はその腕の中に一人の小柄な少年を抱いていた。
「ナギ!」
メイが叫んでディヤーヴァのところに駆けつけた。ナギはディヤーヴァの腕の中でぐっすりと眠っていた。
「そいつはメスか。気に入られたらしいな」
ディヤーヴァが言ったとたん、鉤爪で肩を押さえていた獣がヴィーの顔をベロンと舐めた。
「わっ!!」
ヴィーが獣を蹴っ飛ばして横飛びに飛び起きる。
待ちかねた人物のあまりの登場の仕方に、皆は銃を構えたまま声もなく見守っている。
「こんな所でいつまでも、のたくらしていたら、アームズの連中にあっという間に見つかってしまうぜ」
その手にナギ、側にメイ。
危険な筈の男に手の出しようもなく、皆は固まった。ただ一人ヴィーがツカツカとディヤーヴァに突っかかってゆく。
「一体今までどこに行ってたんだ。ナギは無事か。何で眠って──」
ディヤーヴァは軽く肩を竦めて嘯いた。
「野暮なことを聞くなよ」
* * *
結局、皆でニコの船に乗った。
「大丈夫なのか?」
ニコがヴィーに囁く。自分たちのアジトに連れて行っていいものか迷った。
「俺に聞くな」
ヴィーは苦虫を噛み潰したような顔をして横を向く。
「キュルキュル」
そのヴィーのすぐ側で、白い羽毛の獣が同じ仕種で横を向いた。獣はヴィーが蹴飛ばそうが張り倒そうがべったりと張り付いて離れようとしない。
極端に機嫌の悪いヴィーに取り付く島もなくて、ニコは赤い髪をガシガシと掻きながら問題の人物を見た。
男は抱いていた少年を案内された部屋のベッドに横たえて、その側で悠々と身支度を調え始めた。頭にターバンを巻いて黒髪を隠し、上着を羽織って腰布を巻く。噂に聞いた、裏切り者のディヤーヴァの出来上がりだった。
睨んでいるヴィーと、その横のニコとエッダを見て、少し唇の端を曲げ、どっかとベッドに腰を下ろした。
ベッドに横たわった少年は、その騒ぎの中で一度も目を覚まさずに眠っている。
よれよれのシャツと下着だけで、顔もぐしゃぐしゃに汚れているようだ。エッダが気が付いて、タオルと着替えを持ってくると、ディヤーヴァが受け取って細やかに世話をする。
濡れタオルで身体中を拭かれて、さすがに少年が目を覚ました。
金の髪、ゆっくりと開いた瞳も煌めくような金に輝いて、世話を焼くディヤーヴァを認めると嬉しそうに顔が綻んだ。
ニコとエッダがその顔に釘付けになる。
「ルス……」
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