6 アームズの幹部
ベンジャミンという少年の周りにいるのは大人ばかりのようで、彼は自分と年頃の近いナギに親近感を持ったらしくて側から離さなかった。
ナギはベレスフォードの名前をアームズという名と共に覚えていた。
どうやらラプターという獣と共に、とんでもない所に運ばれてきたらしい。ベレスフォードが様付けで呼ぶ、このディヤーヴァによく似たベンジャミンは一体どういう少年なのか。
「ここはどこなの、ベンジャミン」
「別荘」
「君のお父さんとお母さんは」
「ナギのお父さんとお母さんは?」
少年はナギの質問に答えず、反対に聞いてきた。
「知らない。俺は捨て子だから」
「じゃあ、ずっとここに居て」
そして、ずっと付き従っているベレスフォードに言う。
「ねえ、いいだろ。ベレスフォード」
金髪の男は無表情で、ただ頭を下げた。男から冷たい気配を感じてナギの背筋がひやりとなる。少年はニコニコ笑って「おいで」とナギの手を取った。
建物はどうやら、海に向かってせり出した断崖の上に建てられているようだった。ベンジャミンはナギと獣のトランを連れてテラスに出た。
外は満月。テラスの下は断崖になっていて、磯に砕け散る白い波がはるか下に見えた。飛び降りても外はぐるりと海。逃げる所はどこにもない。大体どこに向かって逃げればいいというのか。探す人物は見失ってしまった。
「グルル……」
低い獣の声で顔を上げると、少年の黒い瞳とぶつかった。
「ベンジャミンって、俺の探している人にそっくりだ」
「似ている? 誰に?」
「ディヤーヴァ……」
ナギの頬を涙がポロンと落ちた。
(会いたい。会いたいのに)
その夜、ベンジャミンが眠った頃、すぐ隣のベッドルームを宛がわれたナギのところに人が来た。
「グルル……」
ベンジャミンの側で眠っていた獣が、低い唸り声を上げる。冷たい気配がしてナギは飛び起きた。ベッドを抜け出して気配とは反対の方に逃げ出した。
しかし、そこにはもう男の手下が待ち構えていたのだった。逃げようとしたがあっという間に押さえつけられた。
磨き上げられた床の上を、男の足がカツンカツンとゆっくりと近付いてくる。ナギの目の前に立ち止まった。見上げると切り裂くような冷たい視線が見下ろしてきた。
「あんた、何で俺を…」
「アームズの跡継ぎは一人でよい」
「アームズの跡継ぎって……」
「ベンジャミン様は、きさまらごとき薄汚い新人類の出来損ないではない」
(どういうことだ)
ナギにはベレスフォードの言うことが一つも理解できなかった。ベレスフォードはナギの疑問に答える気はないようだった。手に持った銃を無造作に構えた。
その時、その声が響いた。
「バリアーを張れ!!」
* * *
ニコはヴィーたちをスペースマシンの小さな部屋に案内して、一人の女性を紹介した。
「俺の腹心でエッダという」
プラチナブロンドでニコに負けず劣らずのがっしりした体格の女性が、よろしくとにっこり笑う。エッダは高い鼻にそばかすが散った愛嬌のある顔をしている。
メイがエッダを見上げて「ステキ…」と溜め息を吐いて、ユリアーナが戸惑ったような視線をメイに投げた。
「早くご両親に会いたいだろう?」とニコがメイに聞いた。
「え? 両親って生きているの?」
メイが身を乗り出す。
「お前、言ってないのか」
「事情があったんだ。ディヤーヴァがいたんだよ」
「ディヤーヴァ? あの、赤い星の悪魔?」
ヴィーが頷くとニコは口笛を吹いた。
「何でまた」
「ナギが妙にあいつに懐いていたんだ。敵か味方か分からない奴に何も言えないだろう」
「そうだな」
「で、あたしの両親は?」
メイが聞くと、ニコとヴィーは顔を見合わせてから説明した。
「君たちのご両親は生きている。君たちを必死になって探しておいでだ」
「メイちゃんといったかな、ナギ君と一緒に連れて行ってあげますよ」
ニコがメイの顔を覗き込んで言い聞かせるように言う。メイは少し顔を顰めて身を引いた。
「お前がテラに来ているとは思わなかったな」
ヴィーがそう言うと、ニコはその太い腕を組んで少し考えたが話し始めた。
「お前だから話すが、ベレスフォードが内密で時々テラに行くという情報が入った。上から調べろって指令が下りて、俺たちはここでずっと張っていたんだ」
ニコが一息入れるとエッダが続けた。
「昨日のことですが、ベレスフォードのスペースマシンを捉えたんです。しかし向こうは最新型機、こっちは五年前のオンボロマシンですし、アームズの連中もいます。向こうに気付かれたら、こちらの方が危険です」
「俺たちがここに来てから、これが二度目なんだ。前回はオズ上空で見失っていたので、大体の見当をつけて追いかけた。ベレスフォードはディンゴ付近で下りたんだが場所を割り出せなかった」
「見失った辺りをウロウロと探していましたら、アームズの連中が派手に銃撃戦をやらかしていたという訳です」
息の合った二人の説明を聞いてヴィーは腕を組んだ。
「そうだったのか。実は我々はロンドーニアでベレスフォードに遭って逃げてきたところなんだ。はぐれてしまったナギも、ディンゴに居るかもしれないとユリアーナの占いに出て──」
「それじゃあ、もう一人の子を早く見つけないと危険ですね」
エッダの顔が緊張する。愛嬌のある顔がきつい顔に変わった。
「あの……」
ユリアーナが恐る恐るといった感じで言う。
「私の占いでは海で会うと出たんですが」
「ああ、そういう歌だったわね」
メイがユリアーナの歌を思い出すように首を捻った。
「ディンゴの海岸線は広いが──」
ニコが両手を広げる。
「砂浜のあるところは?」
食い下がるメイに首を横に振った。
「あちこちにある」
そこにいた五人は頭を抱えた。
「とにかく海岸線を探してみよう」
ニコが立ち上がる。早くも出て行こうとしたその背にヴィーが言う。
「私もアルを呼ぼう」
「そうだな、手分けした方がいいだろう」
ニコは頷いて乗員に告げる。
「ディンゴの海岸線へ」
外は満月である。月の光を浴びてスペースマシンが急旋回する。
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