5 ユリアーナの歌


 市街地でスペースマシンに乗るのは法で禁じられている。事故が多いからだ。しかし、その連中はためらいもせずに追いかけて来た。街を行く他の車が大騒ぎする中をである。


「あいつら、アームズなの!?」

「らしいな」

「空から追いかけてくる!!」

 メイが叫ぶ。ヒュンと赤い光線が車の外を射て地面が揺れた。

 ヴィーはレンタカーを操って、ビルの谷間の細い路地に飛び込んだ。なかなかどうしてたいした腕前で車を操る。


 しかし空から追いかけて来る連中は、路地の出口に先回りして待っていた。

 ヒュンと赤い光線が頭上を横切る。ドンッと後ろに衝撃が走った。後から追いかけて来た連中が巻き込まれて、車が引っ繰り返る。後からの衝撃を追い風にしてビルの谷間から飛び出した。

 しかし、アームズは何台ものスペースマシンを出している。最初の衝撃をやり過ごしたものの、次々に襲い掛かる光線に車体が何度も悲鳴を上げる。


「このままじゃ持たない」

「応戦するわ」

 メイが勇ましく小型の銃を取って構えた。

「ダメだ。危険だ」

「じゃあ、どうするのよ!!」

「あの路地に入るから、君たちは飛び降りろ」

 光線を避けてキキキとブレーキを軋ませながらヴィーが言う。

「あんたはどうするのよ」

「仕方がない」

 一瞬の沈黙。ヴィーは囮になるというのか。


 ふと胸を覆って俯いていたユリアーナが顔を上げた。

「待って、あっちに」

 ユリアーナが指差したのは広場である。丸いステージがあって、何本かの柱が寒々と立っていた。隠すものは何もない。

「行って、早くっ!!」

「くそっ!!」

 ヴィーは思い切って、そのステージにレンタカーを乗り上げた。

 ユリアーナがいきなり声を張り上げる。


『 来て!! 私はここにいる。ここにいるわ 』


 歌というより、それは想いか──。声は伸びてどこまでも広がった。

 ユリアーナの歌声に答えるかのように、ステージに天幕が下りた。追いかけて来たアームズの連中が上空で右往左往している。


『 会いたかったわ、探していたの 』


 ユリアーナは歌いながらレンタカーから降りた。ヴィーとメイもそれに続く。このまま地下に潜って行方を晦ませれば逃げられる。

 ユリアーナの歌声はまだ続いてた。


『 ここに来て。会いたいの 』


「あんたら──」

 車を降りたヴィーたちに、いきなり銃が突きつけられた。



 覆面を被った男女が、無言で銃をクイッと動かした。見ればステージに立った柱に人が一人通れるほどの穴が開いている。銃で急かされてヴィーはその柱に向かった。柱の中は洞になっていて床があった。チラッとユリアーナとメイを見て中に入ると、シュンと小さく音がして床が下降する。


 下りるとそこは薄暗い倉庫のような部屋になっていた。部屋は広かったが、木枠やサンテナやトレーやダンボールが所狭しと積み上げられている。


 下にも何人かの男女が銃を持って待ち構えていた。メイとユリアーナが降りてくると、中の一人が手で来いと合図して、隅のドアを開けて狭い通路に出た。そのまま走って行く。ヴィーは男の後を追いかけた。


 男は何度か部屋と通路を通り抜けて、最後に合金で出来た頑丈なドアを開けた。そこも倉庫のような部屋でトラックとスペースカーが停車していた。

 男がスペースカーの方に乗れと銃で合図する。三人が乗るとすぐにスペースカーは発進した。



 五、六人の男女が覆面を取った。中で一番ガタイのよい見事な赤毛の男が言う。

「久しぶりだなヴィー」

「ニコ!」

 二人はガッシと手を取った。

「知り合い?」

 メイが聞く。その後ろに隠れたユリアーナを見て、赤毛の大男は太陽のような笑顔を見せた。


「ユリアーナじゃないか。俺、ファンなんだ」

 大きな手を差し出した。ユリアーナはメイの後ろから恥ずかしそうに手を差し出した。

「ああ、紹介しよう。私の幼馴染でニコっていうんだ。こちらはユリアーナとメイ」

 ヴィーが紹介すると、ニコはメイを見て首を傾げた。

「男と女の双子じゃなかったのか? どっちがそうだ。どっちもか」

「メイがそう。ナギは、この星ではぐれたんだ」

「そうか」

 大男はむき出しの太い腕で頭をガシガシと掻いた。



  * * *


 小さな少年の不思議色の瞳がナギを見ている。真直ぐの黒い髪は耳の下で切り揃えられ、額に落ちた前髪の隙間から、赤い光がキラキラと輝く。ディヤーヴァと違って少年は頭にターバンを巻いてはいないし、来ている衣服も流行の高価そうなものだった。


「出ておいでよ」と、無邪気に小さな手を差し伸べた。

 そのとたん、周りの大人たちの雰囲気が、ギンッと張り詰めたものになる。ザッと武器を構えた。


「ベンジャミン様」

 金髪の男が少年を庇おうとする。

「ダメ、ベレスフォード」

 どこかで聞いたような名前を言って、少年は男の手を振りほどき、檻の側まで走ってきた。


「誰」

 この場に出るのは怖かった。男たちが銃を構えている。吹き付けるような殺気が襲い掛かってくる。

 その時、獣がバサと羽ばたいた。白い羽がまるで夢のように広がって明るい光を浴び七色に輝いた。

「キュルルルルーーー」

 ナギは獣の腕の中から押し出される。少年の後ろで、男達が一斉にナギに銃を向けた。


「ダメ」

 少年が振り向いてそう言うと、男達はベレスフォードの方を窺ってから銃を下ろした。


「誰?」

「俺はナギ」

「ナギ? 僕はベンジャミン」

 ベンジャミンの後ろにいたベレスフォードが顎をしゃくって、獣のケージの鍵を開けさせた。獣と一緒にナギは外に出た。


「ラプター」

 ベンジャミンが獣に走り寄って抱きついた。

「キュルキュル…」

 獣が嬉しそうに少年を舐めた。

「ラプターに名前を付けよう」

「こいつに?」

「うん。何にしようかな」


 獣と少年とナギをベレスフォードが見ている。高い鼻梁、金色の髪。凍るような冷たい瞳で。男の視線が突き刺さるようだとナギは思った。

「お前がナギなら、こいつはトランだ」

 少年が嬉しそうにそう言った。

「トラン」と早速付けた名前で呼ぶ。獣がキュルキュルと甲高い声で鳴いた。

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