3 迷子のナギ
ディヤーヴァの背中がナギを拒絶する。遠く遠くへと飛んでいく。
(支配するって、どういう意味だろう)
その背中を追えなくなるのがいやで、ナギはディヤーヴァを盲滅法に追いかけた。
どこをどう走ったのか、いつの間にか空港の外に出ていた。モノレールや歩道がチューブのように高い建物から出て四方八方に伸びている。舗装してある道路には車やバスばかりが走っていて、人影は殆んどなかった。
どちらを向いてもディヤーヴァの気配は感じられない。完全に断ち切られてしまった。
(何が、何が悪かったの──)
涙が溢れて周りの景色が歪んで見えない。ナギはその場に立ち竦んだ。
呆然と佇むナギの腕をいきなり誰かが掴んだ。見上げると大きな男が二人いる。整っているけれど表情のない顔。持っている武器をナギに突きつけた。
「小僧、どこの子だ」
「いや。何、離して」
男二人に捕まえられて暴れたが、男達はびくともしない。
種々雑多な人種が集まる古い街だが、それにしても整った容貌の割りにナギの格好はみすぼらしすぎた。
確かにインティは滅んだとされ、インティ狩りは終わった。表向きは。しかし厳然とインティたちは存在している。誰もそれを疑わない。であればアームズも、表向きでは終わったインティ狩りを止めている筈がなかった。
「貴様、インティだな」
男の一人が決め付けた。
「一緒に来てもらおうか」
恐ろしいイメージがその腕を通して伝わってきた。
(捕まったら実験材料になって殺される)
ナギは男の腕を振り払って逃げようとしたが、強い力で捕まえられていて逃げられない。必死の思いで周りを見回した。いろんな人種でごった返す空港から外れた、倉庫らしき建物の建ち並ぶ場所で、そこいらは人影も殆んど無い。遠くに貨物船が着陸しているのが目に入った。
(飛んで逃げなければ)
遠くにあるその貨物船をイメージした。
「あ、こいつ飛ぶぞ」
男達がナギに銃を向けたが遅かった。男たちの放った弾はナギの残像を撃っただけだった。
* * *
ドサッとどこかに落ちた。あの空港から貨物船の中に飛んで来たようだ。
(捕まらなかったけれど、ここはどこだろう)
目の前に鉄格子のようなものが見えた。それを掴んで立ち上がる。
どうやらナギは鉄格子の外ではなく、中に落ちたようだった。辺りを見回したが薄暗い。何かの臭いがした。獣の臭い。それがナギの方に向かって来る。
逃げようとしたけど鉄格子があって逃げられない。何か非常に大きな獣が、ぬっとナギを上から見下ろしている。グルルと低い唸り声を発した。鉄格子につかまって見上げるナギの目に大きくて鋭い牙が見えた。
(逃げなければ)
しかしナギはディヤーヴァを追いかけて飛び、その後追っ手からも逃げて飛んだ。もう余力が残っていなかった。鉄格子につかまりながらただ目だけを見開いて、その獣が襲い掛かってくるのを待った。
* * *
テラは古い惑星でこの星の住人の身体は変化しない。新人類ではない昔からの人間も住んでいる星だった。だからテラの衛星ルナにインティの子供がいても、外見上は分からない。筈だった。
ヴィーは女の子二人を連れて途方に暮れた。その内の一人は探していたメイで、もう一人は歌姫ユリアーナだった。地味な格好をしてサングラスをかけ頭にスカーフなど巻いているが、分かれば大騒ぎになる。
人の溢れる空港の片隅で、三人は人目を避けて話し合った。
「ナギがどこに行ったか分からないか」
ヴィーがメイに聞くと首を横に振る。
「分からないわ」
「君たちは双子なんだろう」
「でも分からないものは分からないわよ」
メイがヒステリックに答える。メイだとてさっきから、突然いなくなったナギの気配を探しているのだ。しかし、これだけ人の気配がごった返す空港で探すのは容易なことではなかった。
「困ったな」
ヴィーの頭に森と湖の星でのナギとディヤーヴァの痴態が甦った。
(クッソー。あの男にしてやられた)
きりきりと唇を噛み締める。
「とにかく、ナギを探さねば。君たちはホテルで待っていてくれないか」
目立つ女の子二人を連れていては捜索もままならない。ヴィーは女の子二人を近くのホテルに預けて、空港に取って返した。そして、空港で耳寄りな話を聞いた。
インティらしき少年が居たらしいという噂だった。
この星は古くてアームズの支配は及ばない。しかし、種々雑多な人種が集まるこの惑星をアームズが放っておくわけもなく、相当数の人数を送り込んでいた。
「アームズの連中が喚きながら走って行ったようだ」
「本当にインティなの」
「どうせ因縁をつけて、毟り取ろうっていう魂胆じゃないかな」
噂話ではどうやらナギは捕まらなかったらしい。アームズらしき二人連れが走っていくのをヴィーも見かけた。
ヴィーはナギがディヤーヴァと一緒ではないらしいと知って、却って安心してしまった。一緒の方が少なくとも安全な筈なのに。
(ナギは無事に逃げ遂せたのだろうか。だがどこに?)
結局、それ以上のことは分らなくて、くたびれ果ててホテルに戻った。部屋でナギをどうやって探すか思案していると、隣の部屋からメイとユリアーナがやって来た。
「お帰りなさい。ユリアーナが歌を歌ってくれたのよ」
「こんなときに歌か」
ヴィーは苦りきって返事をしたがメイは更に言い募った。
「聞いて、ユリアーナは歌で予言をするの」
ヴィーは目を見張ってユリアーナを見た。ヴィーの視線を受けてユリアーナは恥ずかしそうに頬を染める。
「ああ、悪かった。どんな歌なのか私にも聞かせてくれないか」
ユリアーナは頬を染めたままで頷いた。
『 月の光を浴びて踊るの 二人で歩いた浜辺
波が押し寄せて 私の手紙を消していくわ
もう一度あの日に帰りたい 私の思い受け止めて 』
ユリアーナが歌い終わる。ヴィーは首を傾けた。
「……。ええと、それが?」
「いやね、ヴィーは」
メイはヴィーの背中をバンと叩いた。
「ほら、ここは月だから、テラに行けばナギに会えるのよ」
女の子の想像力は度し難いほど逞しいとヴィーは思った。しかし止まっている訳にもいかないだろう。
「そうだな。君を送ってテラに行くつもりだったし」
ヴィーがそう言うとユリアーナの頬が更に染まる。綺麗な女の子である。人気者になるのが分る。
何故かメイがユリアーナの手を引いて、じゃあねとさっさとヴィーの部屋を出て行った。
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