2 テラへ


「待って、いやな予感がするわ」

 ポルト・ベーリョ空港に着いて、整備も終え、出発しようという時になってユリアーナが言い出した。眉を顰め体を震わせている。


 すでにカタパルトデッキに誘導灯が青く点灯していた。

「ゴ主人、離陸許可ヲ」

 スペースシップの人工知能アルがヴィーの命令を待っている。


「俺が運転する」とディヤーヴァが操縦席に座った。

「おいっ!!」

「何ヲスル!!」

「奴らは歌姫ユリアーナを捕まえに来た。ついでに邪魔な星を自分達の管理下に置こうとした。そこに丁度探しているガキが来た。一石三鳥じゃねえか」

 チリと肌が粟立つ、いやな感触がしてナギは青い空を見上げた。



「出るぞ」

 ディヤーヴァは操縦席に座って、スペースシップの知能アルに命令した。

「ゴ主人」

「お手並みを拝見するか」

 副操縦席に着いてヴィーは前面ウィンドウを見据えた。ヴィーの意を受けて、軽いエンジン音と共にスペースシップが浮き上がる。船は明るい青空に向かって飛び立った。


「来る」

 大気圏を突き抜けて、前面ウィンドウが暗い夜の色に変わってすぐだった。衛星の影から何者かが近付いてくる。


「右舷二時ノ方角ニ機影発見。高速接近中。距離──」

 アルがレーダーに機影を映し出す。

「熱線ヲ感知。二十秒後ニ着弾」

「避けろ。もう少しスピードは出ないのか」

「回避。高速モード展開」

 赤い光線が舞い上がったばかりの船すれすれに飛んでいった。

「二波、三波ヲ感知」

「避けろ」

「被弾」

 ドーーン!!

「きゃあ!!」

「わあっ!!」

 船がグラグラと大きく揺れる。

「もっとスピードを出せ」

「出力全開」


 船は殆んど錐揉み状態で飛んでいる。皆ベルトを締めているがすれ違う弾に船が悲鳴を上げる。

「クッソー、お返しをしてやらなきゃ気が済まんぜ」

 ディヤーヴァの額の赤い星が光る。機影を捉えた。殆んど突撃状態で突っ込んで行く。


「無茶だ」

「カミカゼカ」

 待ち伏せしていた船から幾筋もの光線が放たれる。幾つかが当たって船が衝撃に揺れる。機体が制御できない動きをする。まるで衝撃を受けて弾かれたようにグィーンと伸び上がった機体が、待ち伏せした機影の背後に躍り出た。


「撃て」

「レーザー発射」

 赤い光線が待ち伏せした機体に撃ち込まれた。船は撃ち込んだ衝撃を利用して反転する。そのまま見る見る離れた。


「やっつけないの?」

 メイが叫んだ。

「そんな余裕があるかよ。逃げるだけで精一杯だぜ」

「機影ハ遠ザカリツツアル」

 ディヤーヴァは操縦席から立ち上がった。

「仕返しか」

 ヴィーが何気なくといった風に聞く。

「仲間割れでもしたか」

 ディヤーヴァはヴィーを一瞬睨んだが、腕を組んで不貞腐れたように横を向いた。




「コレヨリ、テラニ向カウ」

 ケビンの遺骨を抱いたユリアーナを送って行く先は、劇場都市のある古い星だった。ショーとギャンブルと古くからの伝統文化の共存した星。退廃と新進とが入り混じった混沌とした街々。夢も野望も絶望も──。

「我々がテラに行くのは危険だ」

 ヴィーが言う。

「でも行くんだろ」

 腕を組んだディヤーヴァにそう言われて、今度はヴィーが睨みつける。


 文化の薫り高い星。古い星。省みられなくなった星。それでも体面だけは保っていたいと。

「テラ衛星都市インブリウムヨリ応答アリ」

 アルはテラに着陸することを避け、その衛星に向かった。古過ぎてアームズの支配は及ばないが、それ以上に有象無象の妖怪のひしめく星。

 テラの衛星都市インブリウムはその親惑星の如く、雑然としてごみごみとしていた。

 空港に降り立ってすぐ、ディヤーヴァが言い出した。

「ここでおさらばするぜ」

 ヴィーがまだ事務所に居て手続きをしているというのに、ディヤーヴァはもう皆から背を向けてすたすたと歩き始めている。

「ディヤーヴァ」

 ナギは目を見開いてディヤーヴァの後を追いかけた。

「俺は自分の意志で生きたいんだ。人の意志に左右されるなんて真っ平だ」

(何故そんなことを突然──)

 ディヤーヴァはここに来る船の中で口数が少なかった。いつもの皮肉も出さずに考えていたようだけれど。

 ごった返す空港の中、ディヤーヴァは大股に歩き去った。

(嘘だ、嘘だろ。何で──!!??)

 背の高い男の後姿をナギは夢中で追いかけた。

「待って、待って、待ってディヤーヴァーー!!」

「来るなっ!!」

 ディヤーヴァが振り向いて一喝した。言葉が力を持ってナギの胸に突き刺さる。辺りの動きが一瞬止まった。気が付いたときにはその姿を見失っていた。

「いや……。ディヤーヴァ」

(ずっと、あんたの後を追いかけると決めていた。何で、何で)

 ナギは見失った姿を求めて走った。


 スペースシップの整備の手続きを終えて、ヴィーが空港事務所を出て見ると、メイとユリアーナが不安そうに待っていた。

「ナギは?」

「いない、ディヤーヴァも、どこに行っちゃったんだろう」

「あいつら……」

 ヴィーはディヤーヴァがナギを連れて逃げたと思った。大勢の人が行き交う空港を、二人を探して歩いたが見つからなかった。

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