9 アームズの幹部


「きゃああーー!!」

「わあああーーー!!」

 悲鳴を上げて落ちてゆくナギの腕を、ディヤーヴァがつかむ。落下してゆく地面に向かい衝撃波を放った。落下速度が一旦止まって、それから落ちた。


 ドサーー!!

「イテ……」

 一番上でナギが呻いた。


「落とし穴か? 何でこんな原始的な罠に嵌ってしまうんだ」

 ナギを庇って、その下にいたディヤーヴァが忌々しそうに口を尖らせた。

「だって、分んないわよ、人しか……」

 ナギと手を繋いだままでいて、その隣に落ちたメイがフーと吐息を吐いた。


「くっ……、早くどいてくれっ!!」

 皆の下敷きになったヴィーが怒鳴った。



「今の女を知っているか?」

 落ちた建物の中の真っ暗な空間を見回し、ディヤーヴァが聞いた。持っていた剣に気を込めると、剣が輝いて辺りが薄ぼんやりと浮かび上がった。


「アームズの幹部ヘンリー・ベレスフォードに、この最近取り入った女だ」

 ヴィーは冷たい返事を寄越して、自分も剣に気を込める。剣が青みを帯びて輝き、剣を向けた方向が浮かび上がる。広い地下室のようだった。


「ベレスフォードか」

 ディヤーヴァは吐き捨てるようにそう言って、暗闇の中を剣の光を頼りに歩きはじめた。ナギとメイは顔を見合わせて、二人はそのままディヤーヴァの後を付いて行く。ヴィーはその後を注意しながら追いかけた。


「そうだ、ベレスフォードだ。知っているだろう、我らが街を廃墟に陥れた張本人」

 ヴィーが憎々しげに呟く。その時ヴィーの腕で通信機が振動した。先を行っていた三人が振り返る。


「あの空き地にスペースシップが来たようだ。まさか、この星に来ているアームズの幹部とは──」

 ヴィーの声が不安に染まる。

「まずいな」

 ディヤーヴァが背中のまま言って急ぎ足になった。四人は走り出した。


「ユリアーナは地下にいるといったな? どこだ」

「あっち」

 しかし、ナギの指すユリアーナがいると思われる方向には、壁が立ち塞がっていた。出入り口もない。

「こっちだな。下がっていろ」


 ディヤーヴァが剣を構えた。衝撃波が剣から迸ってドーンと辺りが揺れた。壁がガラガラと崩れ落ちる。壁の向こうに通路が現れた。

 四人は壊れた壁を潜って通路側に出た。通路は真っ暗ではなく薄暗かった。足元に所々照明が灯っているようだ。


「こっちよ」

 メイが先に駆け出して三人が後に続く。

「オイ、待て」

 ディヤーヴァが叫んだ。通路の向こうから見張りらしき男達がドヤドヤと駆けてきた。メイは構わずタッと地を蹴って、男達に飛び蹴りを喰らわせた。

「ぐあっ」

 男達が倒れる。それをディヤーヴァとヴィーがぶん殴って、近くの部屋に蹴り込んだ。


「行こう」

 こんなに近付くと、もう彼らには気配が分った。柔らかく優しい歌姫の気配。メイを先頭に歌姫のいる部屋のドアを開いた。メイはそこで立ち止まった。


「おい、どうした」

 ディヤーヴァが後ろから怒鳴る。上にいる者たちに今の物音を感付かれて、新手が降りてくる気配がする。


 部屋の中には若い女がいた。淡いピンク色の髪は波打って腰まで落ち、薄青い瞳が怯えたように見開かれている。肌はミルク色で、細っそりとした身体に何の変哲もない黒いTシャツとパンツを身に着けていた。


「だあれ……」と優しい声が囁いた。

「助けに来たの」

 息を呑んで立ち止まっていたメイは、やっと声を押し出して彼女に手を差し出した。

「逃げましょう、早く」


 歌姫ユリアーナは怯えて、首を横に振り壁際に下がった。悪意のある気配が近付いてくる。ぐずぐずしてはいられなかった。メイは部屋に踏み込んでピンクの髪の歌姫の手を取った。他の三人は廊下で逃げ道を模索している。


 そこへ通路をドヤドヤと走ってくる足音。手に手に武器を持っている。ディヤーヴァとヴィーが迎え撃った。

 ドーン、ドーン!! バリバリバリ!!という銃器の音。倒しても倒しても新手が現れる。と、その後ろから、あの女がムチを持って降りてきた。物も言わずに仲間の後ろからムチを振りかざす。仲間がいるのに振り下ろした。


「危ないっ!!」

 ナギの絶叫とドーンという音が交差する。

 手が前に出ていた。ムチを防がねばならないと思った。バチバチバチッと音が弾ける。

「ギャッ!!」と叫んで、後ろに跳ね飛ばされたのは女の方だった。


「よくもっ!!」

 女は飛び起きると遮二無二ムチを振るった。ディヤーヴァの衝撃波とヴィーの青い剣が火をふく。ナギももう一度手をかざした。

「ギャッ!!」

 ムチを振り下ろした女がまた弾き飛ばされる。今度はもっと遠くに投げ出されてキッと睨み付けた。その時──。


「引け!」

 誰かが女に声をかけた。女が悔しそうに睨んで引き下がる。ディヤーヴァとヴィーが追いかけると、女が逃げた通路の向こうに広いエレベーターホールがあって、階段が見えた。そこに男が立って銃器を構えている。


 背の高い体躯のよい男だったが、確かめる前に男は銃器をぶっ放した。シュルシュルと小型のミサイルが狭い通路に飛んでくる。

「飛べ!!」

 ディヤーヴァが叫んだ。ドーーン!! と爆風が渦を巻き、空間が揺れた。壁が吹き飛んで天井が崩れ落ちる。


 気が付くと地上に居た。

「大丈夫か?」とディヤーヴァの褐色の顔が覗き込んでくる。

 ナギは頷いて周りを見回した。立ち上がっているヴィーの足元にメイと歌姫ユリアーナが座り込んでいた。


 ナギの頭にポツンと何かが落ちてきた。ポツン、ポツン……、そしてバラバラと音は大きくなった。大粒の雨粒が落ちてきていた。

 その雨音を遮ってウィンとスペースシップの発進音。見上げると覆い被さって茂る樹木の向こうに、銀の機体がヒュンと浮かび上がった。


 そこへ、この星の警邏隊のスペースシップが、ライトを光らせファンファンとサイレンを鳴らして飛んできた。銀の機体はあっという間に逃げ去った。

「「くっそー…」」とディヤーヴァとヴィーが異口同音に言って顔を見合わせた。


「大丈夫?」

 メイが歌姫に問いかける。

「ええ、ありがとう…」

 ユリアーナは不安そうな顔を上げて頷いた。

「あの人は……?」

 ナギが周りを見渡した。

「そこに……」

 ヴィーが顎をしゃくった。男の足が木の根の間に見える。ぴくりとも動かない。

「あいつらに見つかったらしいな」

 歌姫がよろよろと身体を動かしてそちらへと歩く。

「あああ……」

 悲鳴のような声が漏れた。泣き伏す歌姫をメイが慰めている。それを見ていやな予感がするとヴィーは顔をそむけて、ディヤーヴァと目が合った。ディヤーヴァが肩をすくめてみせた。

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