8 塔で待ち受ける者


 曲がりくねって支流を縦横無尽に伸ばし流れる大河の間を、植物が生い茂る密林だらけの星を初代ロンドーニア国王は切り開いた。

 中央から外れた辺境にあり、人はあまり移住してこなかった。伐採しても伐採しても生えてくる植物との戦いがしばらく続き、何代目かの王は植物との共存を選んだ。

 砂州に建てた空港以外は自然に任せた観光惑星を目指し、細々とながらも成り立って現在に至っている。


 そんな辺境の星にアームズが来ている。インティ狩りは終わり、インティは滅んだとされたが、実際にはインティは滅んでいない。それは公然の秘密だった。いつまたアームズが牙を剥き、方針を変えて襲い掛かってくるか分からないのだ。



「わ、私はどうすれば」

 ケビンが不安げな面持ちで聞いた。

「ここで祈ってろ」

 すでに背を向けていたディヤーヴァは、ふと顔だけ捩った。

「多分、スペースシップが来る」

「スペースシップ?」

 ケビンの返事など待たずに、ディヤーヴァはナギとメイを追いかけて行く。ヴィーが溜め息をこらえて言った。

「ここにだ。隠れて見張ってろ。来たら知らせてくれ」と小さな通信機を放った。

「わ、分りました」

 頷くケビンを置いてヴィーは無鉄砲な三人を追いかけた。



 密林は塔の中まで入り込んでいた。蔓草が塔の壁をよじ登るように生え、ウネウネと曲がりくねった木の枝が塔の窓から飛び出している。ひび割れた壁からタコの足のように這い出た木の根の所為か、塔はかなり傾いていた。人が負け撤退した跡地か。


 どちらにしても四人はそんな事など知る由もなく、塔の入り口を探し当てて中を窺った。近くに寄ると四角いかなり大きい建物のようだった。


「見えるか?」

 二人の子供の後ろからディヤーヴァが聞く。

「うん。こうして手を繋ぐとよく見える」

 ナギはメイと繋いだ手を見せて言った。


(俺たちは双子なのかな、本当に)

 そう思ってナギは、黒い瞳をじっと建物に凝らしているメイを見る。


 建物の中の気配を探ると、チリと肌を刺すような感触がした。身に覚えのある感触に肌が粟立つ。辺境惑星カダイルで死んだ皆の事がナギの脳裏を過った。メイがぎゅっとナギの手を握り返してきた。


「ユリアーナは塔の地下だ」

 そこに優しくて柔らかな気配を感じる。

「フム」とディヤーヴァは目を凝らし、

「踏み込んでみるか」と軽く言った。


 そのまま身軽に木の陰から飛び出して、スルスルと建物の入り口に近付いた。ナギとメイがすぐ後に続く。

(こ、こいつらは……、危険とか全然考えないのかっ!!)


 呆れ果てながらもヴィーが後を追った。塔のような建物の中から、悪意を持った意思が四人に向かって牙を剥くのを感じる。肌を刺すような殺気だ。

(この殺気を感じないのかっ!?)


 そう思って剣を抜きながら前を見ると、すでにディヤーヴァは剣を抜き放っていた。刀身が光を帯びて長く伸び、木漏れ日を受けてキラと光った。ディヤーヴァの後ろでナギがメイを庇い、メイがナギを庇って息を凝らしている。


 ヴィーは剣に力を込めて、二人の子供を庇うように追いかけた。

 引きずられるのだ。誰に。誰の意思に──。



 建物のホールに出た所で、ふと先頭を行くディヤーヴァが立ち止まった。悪意の塊がその前に立ちはだかっている。それは女の姿をしていた。


 蜂蜜色の長い髪が、クルクルと渦巻いて背中の辺りまで伸びている。

 ミルク色の肌に最小限、身体に着けられた衣装、突き出た胸と引き締まった腰の美女が、手にムチのようなものを持ち、顎をツンと上げ悪魔のような微笑を浮かべて立っている。女の後ろに数人の脱獄犯らしき男達がいる。

 しかし女は、彼らとは比べ物にならない、はるかに強い意思を持っていた。


 アームズの技術の粋。磨き抜かれた女の体がそこにあった。どの地にあっても崩れることのない完璧なドール。皆の羨望と憧れの極上のボディ。


「これは、私が富と財産をなげうって手に入れたボディ。あんた達みたいな賤民が、たまたま恵まれて、何の苦労もなしに手に入れたものとは、訳が違うの」


 女はムチを振り上げた。四人はバッと避けたが、女がムチを振り下ろすと、四人が立っていた床がガラガラと崩れ去った。

「わあぁぁーーー!!」

 四人はそのまま崩れ去った床の下へと落ちて行った。


「そこで待っておいで」

 女が上から言葉を投げ捨てた。床の下はどこまでも続く広くて深い穴になっていた。

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