5 水蛇の襲撃
ヴィーはかすかな気配で目を覚ました。近くに歌姫のマネージャーという男が眠っている。その向こうにメイ。ナギの姿が見当たらない。ディヤーヴァも──。
ヴィーはガバと跳ね起きた。
(まさか、あの男はナギを連れて逃げたのでは……)
裏切り者の男だった。もっと気を付けていなければならなかったのに。それなのにこんな所でのうのうと寝てしまった。ヴィーは自身の油断を悔やんで唇を噛んだ。
立ち上がって気配を探るとチャプンとかすかな水音が聞こえた。ヴィーが気配を殺してそちらに近づくと水音と共にかすかな声が聞こえる。
(いったい……)
天を衝くように覆い茂る樹木。墨を流したように暗い密林の奥に、隠されたように小さな湖が広がっていた。木々の間から月の光が疎らに湖面を照らしている。
その暗い湖に二人はいた。月の光がディヤーヴァの黒い塑像のような身体と、その身体に腕を回して絡みついているナギの白い身体を浮かび上がらせた。二人の動きにあわせて波が押し寄せる。
顔を仰け反らせて、切れ切れに声を上げているナギ。
そのナギの身体に腕を回して、唇を忙しなく動かしているディヤーヴァ。
何をしているのか分ってヴィーはカッと頭に血を上らせた。二人からバッと背を向け、その場から立ち去ろうとした。その時だった。
ゴウッという音と共に湖の水が溢れた。岸辺から離れたヴィーのところまで湖水が押し寄せてきた。
何が起こったのか。ヴィーは剣を抜いて湖に走った。暗い湖の先程二人のいた辺りに目を向ける。
ヴィーは目を剥いた。二人はいない。その代わりに身の丈二十メートルもありそうな巨大な蛇がとぐろを巻いていたのだ。三角に張ったエラ元まで裂けた口から、赤い二つに分かれた舌がチロチロと覗いたかと思うと、クアッと口を開いた。
その今にも何かを飲み込みそうな顔でヴィーを見つけて、鎌首をもたげシューシューと威嚇音を発してきた。
「ナギ!!」
ヴィーが叫ぶと「こっちだ!!」と、とぐろの中からディヤーヴァのくぐもった声がした。
巨大な蛇はシャーと口を開け、牙をむき出しにしてヴィーに威嚇してきた。今にも襲い掛かりそうな気配である。ヴィーはギンと剣に力を込めると、地を蹴って大蛇に向かった。大蛇もとぐろを巻いたまま鎌首をヴィーに向かってグンッと突き出した。
青い光が大蛇の頭を薙いだ。大蛇がグオーと地響きを立ててのたうった。ディヤーヴァが大蛇のとぐろの中から弾き出されるようにして飛び出した。腕にナギを抱えている。
「礼を言うぜ」
岸辺にナギを下ろすと自分の剣を取って大蛇に向かった。大蛇は獲物を横取りされ、傷を付けられて怒り狂って二人に襲い掛かった。牙を剥きシャーと鎌首をもたげ、ディヤーヴァに向かって突っ込んでゆく。ディヤーヴァの飛びのいた地面をガッと牙が喰らう。
ヴィーが横から剣を振り下ろすと、ヴィンと尾を伸ばして振り払った。ヴィーが横に飛ぶ。ディヤーヴァが剣を繰り出すと、大蛇はディヤーヴァの腕もろとも食おうと口を開いて向かって来た。
ディヤーヴァがぎりぎりまで引き付けて、開いた口の中に衝撃波を続けざまに浴びせた。大蛇がヴォォーー!!と咆哮を上げて湖の中にザンブと沈んだところを、ヴィーが止めを刺した。
湖面が大きく何度も揺れて、やがて辺りに静寂が戻ってくる。
やっとの思いで大蛇を仕留めて、湖岸に戻ると少年が待っていた。
「ありがとう、ヴィー」
(ドキン……)
暗い湖の中、月の光を浴びて美しい少年がいた。金色の髪はまだ濡れていて、滴が白い身体を伝って、月の光にキラリと光って落ちた。先程覗き見た情事がヴィーの脳裏にボンと浮かび上がる。
ヴィーは少年から無理矢理目を引き剥がして言った。
「早く服を着てください」
ちょうどナギの流された服を、ディヤーヴァが見つけて持ってきたところだった。二人の視線が空でキンッと剣で切り結んだように弾けた。
野宿をした場所に戻ると、歌姫のマネージャーのケビンは起き上がって不安そうに待っていた。しかしメイの方はまだ寝ている。ナギが近づいて声をかけると背伸びをして起き上がった。
「ファー、よく寝た。あらナギ、ずぶ濡れじゃない。どうしたの?」
「お前、大物になるぜ」
あきれたようにディヤーヴァが言う。
「あら、私は大物なのよ。今頃分ったの?」
ケロリとしたメイにそう言われてディヤーヴァは肩を竦めた。
五人は朝食を早々に済ませて、そこを引き上げる事にした。
「へえ、大きな蛇がいたの?」
ナギから話を聞いたメイは目を丸くしている。
「ぐるぐる巻きにされて、大きな口を開けて襲い掛かってきて、もうダメかと思ったよ」
「何でそんなところに行ったの?」と聞かれ「ええと……」とナギは口ごもった。
「水浴びをしていたんだ」とディヤーヴァが助け舟を出す。
「あっ、ずるい。私もー」
「もう出発しなければ」とヴィー。
「蛇が出るぞ」とディヤーヴァ。
メイは「蛇は好きじゃないわ」と諦めた。
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