三話 水と緑の星の歌姫

1 街は廃墟となった


 殆んどの人類は新人類の時代だった。その中でも特権階級層の新人類はドールとなり、残りは新人類になることを拒んだ太古からの地球人だった。イントロン(インティ)は数にも入らない。


 ドールと呼ばれるサイボーグはもともとは新人類であった。移植した星にあわせて変化する身体を嫌って、人工的な変化しない美しいボディを作り、脳移植手術を受けてそれに収まった人々である。

 ドールの中でも、強力で美しいボディを作り出したアームズ社が社会の中枢を握り現在に至っている。


 イントロンは新人類の変異種だ。社会的権威のある、あるいは富裕層の人々からもイントロンが生まれることがあるのだ。そういう人々はどうしただろうか。

 生まれた子供を密かに育て、立派な教育を受けさせる者がいても不思議ではない。やがて彼らは成長し自分が何者かを知る。


 組織の作り方を知っている者。統率力のある者。学業に秀でた者。力と運動能力に優れた者。イントロンには優れたものが多い。


 その上何らかの只人を超えた能力を持っていた。数では遠くドールに及ぶべくもないが、人工的に優れた資質を寄せ集めたドールを凌ぐ資質を持つ彼らは、仲間を見つけ、徒党を組み、地に足をつけ着々と仲間を増やして、密かに自分達の街を作り上げていった。


 しかし、極秘裏に作られていたその街の存在を、アームズ社に感付かれてしまったのだ。まだ社会的に認められていない地下組織のようなものだった。アームズ社は密かに私兵を組織し、イントロンの街に攻撃を行った。

 街は廃墟と化し、イントロンは滅んだとされ、以降インティ狩りはなくなった。


 その時、一人の能力のある少年がドールの手助けをした。ディヤーヴァという僅か十歳の少年だった。額に赤い星を抱いた悪魔の子、裏切り者のディヤーヴァ。

 逃げ延びたイントロン達は少年のことをそう呼んだ。

 今から十五年前のことだ。



 * * *


 今、助け出した少女メイの家から出て来た男に対峙して、ディヤーヴァは少しも慌てずに嘯いた。


「何を言ってやがる。俺はその時たかだか十のガキだったんだぞ。何が分るというんだ。大体お前は何でそんなことを知っている。見たところ俺と大して変わらぬ歳のようだが」


「私も同じ歳だった。私はあの時、あの街に住んでいて、やっと難を逃れたインティの内の一人だ。お前の名前は、インティの呪いと共に消え去ることはない」

 男が腰にある剣を抜く。ディヤーヴァと同じ長さの短剣が男の意思を帯びて銀色に輝いた。


 二人の言い合いをナギはディヤーヴァの背中に隠れたままで聞いた。ナギの妹だといったメイもどうしていいか分からずナギの側にいる。男がイライラしたようにナギとメイに話しかけた。

「その男から離れるんだ!」と剣を持っていない方の手で招いた。


 しかし、ナギとメイは動かない。ナギにとってディヤーヴァはもう離れがたい人物となっていた。メイにしても助けてくれた男である。


 この男がナギをここまで運んで来てくれた、あのアルの持ち主であったとしても、訳の分からない男が突然現れて、訳の分からないことを言うと、反ってディヤーヴァにしがみ付いた。


 二人が一向に離れないのを見て男は舌打ちをした。ディヤーヴァが男の様子を見てニヤリと笑って「どうする?」と男に問うた。

「どうするとは」

 剣を構え、苦虫を噛み潰したままで男が答える。

「その船は新品だよな」

 男の顔がますます不機嫌に染まった。


「それがどうした。仕方がないから今日のところは見逃してやる。とっとと失せろ」

 それは男にとって精一杯の譲歩のようだった。しかしディヤーヴァはニヤニヤ笑ってからかうように言った。


「冗談だろ。こんな辺境でいつ来るか分からないような連絡船を待っていられるかよ」

「どうするというんだ」

「俺も乗せて行ってもらおう。ついでにお前のことも聞いてやってもいい」

「お前なんかに名乗る名前はない」

「怒りっぽいと早死にするぞ」

「ふざけるなっ!!」


 男の剣が銀の光を放ってギンッと伸びた。ディヤーヴァも剣を抜いて構える。

「止めてよっ!!」

 メイが叫んだ。

「あんたは何しにここに来たの」と、ナギの後ろから男に聞いた。


「君たちを探し、保護する為に」

 男は言葉すくなに答える。

「自己紹介しろよ。名前だけでも聞いてやろう」

 男はディヤーヴァをもう一度睨みつけて、メイの方に向かい言った。

「私はヴィー」

 美男である。肩までのプラチナブロンドの髪とブルーグレーの瞳が陽を受けてキラと光った。

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