6 戻って来たスペースシップ


「きゃああ―――!!!」

 ナギのすぐ後ろで悲鳴が上がった。振り向くとメイという少女がそこに立っていた。狂ったように叫んでいる彼女の向こうには、炎と黒い煙に包まれた船の残骸が見えた。

「何が、どうして……、あれは?」

 いろんな疑問が一度に湧き上がって、まともな言葉にならない。


「あれが娘か。インティなら、お前に引かれて飛んで来たんだろう。クレイグという奴は?」

 それなのにディヤーヴァはナギの疑問に答えた。

「飛んだ?」

 クレイグの船から、ディヤーヴァの所まで飛んだということだろうか。


「クレイグは船だ。あんたを置いて行こうとしたんで、俺はあんたの側に居たいと願ったら……」

 ナギはまだ庇ってくれている、ディヤーヴァの腕から抜け出した。


「メイ、クレイグは?」

「あああ……、分からない。私はあんたがずっと窓に張り付いているから、声をかけようと肩に触れたら、視界がぶれて……」

 メイは込み上げてくる悲鳴を口を覆って堪え、燃え上がっている船のほうに行こうとして、ナギとディヤーヴァに引き止められた。

「危ない」

「行っても無駄だ」


「ずっと育ててくれたの。本当のお父さんみたいに……」

 メイの黒い瞳から涙が転がり落ちた。その場に佇んで、三人は燃え上がる船を声もなく見た。



 * * *


 船で行けば近い距離も、歩けば遠かった。


 三人はクレイグの遺体の欠片を葬って墓を作り手を合わせると、メイとクレイグが住んでいた農家に向かって歩き出した。


 今の三人にはたいした軍資金もないし、折角の船は失われてしまった。とりあえず農家に戻って、必要なものを調達しようという事になった。


「何だか、ひどく疲れたみたいなんだけど、あの家まで飛べないのかな」

 ナギはディヤーヴァを見上げて聞いた。テクテクとまた背の高い棘のある植物の間を縫って歩いている。前を行くディヤーヴァをナギは必死で追いかけた。


「よほどのことがない限り飛べん。それに一度飛ぶとひどく力を消耗するからな」

「あなたは誰?」

 目を赤く染めたメイがしゃがれた声で聞いた。


「俺はディヤーヴァだ。お前の父親に頼まれて、お前を助けに来たんだ」

「お前じゃないわ。メイっていうの。でもありがとう。ディヤーヴァって強いんだね」

 そう言って泣き腫らした目で笑った。


 メイはなかなか気丈な娘だった。少女から見れば異形の大男のディヤーヴァに、怖じけることなくはきはきと物を言う。背も高くて体つきもしっかりしていて、ナギと並ぶとどちらが男か女か分からない。


「あいつらの船を分捕れないかしら」

 小首を傾げて物騒な事を言った。


「なかなか勇敢なお嬢さんだが、人の物を盗めば犯罪になる。奴らに付け入る隙を与えるだけだ」

「でも、あいつらは人攫いだわ」

「インティ狩りには、もう終止符が打たれたはずだが。辺境での小さな小競り合いは、どうしても中央には目が届かないからな」


 ディヤーヴァの言う事は、ナギには判じ物のようで半分も理解できない。それよりも、彼らの船の中での出来事を思い出した。


「そういえばメイはおかしな事を言ってなかったか。俺が兄だとか」

「そうよ。あなたは私のお兄さんなの。クレイグがそう言ったわ。あ、クレイグは本当の父じゃないの。でも本当の親以上に大切に育ててくれたわ」

 そう言ってまたメイは涙ぐんだ。


「本当に俺と兄妹?」

「全然似ていないが。お前らインティなんだろう?」

 ナギとディヤーヴァは、信じられないといった顔でメイを振り返る。インティは親から貰った顔貌そのままで、サイボーグのように外見をあれこれ選んでいるわけではない。


「本当よ。クレイグはずっと、私には双子のお兄さんがいるって言ってたわ」

「双子……?」

「私はお父さんに似ていて、ナギはお母さん似なの。だって写真があるのよ、お母さんの。ナギにそっくりだわ」

 ディヤーヴァは心の中で溜め息を吐いた。双子というからには捨てては置けないだろう。片方は何度も命を狙われ、片方は攫われている。余計なお荷物が一人増えたわけだった。


 * * *


 三人がやっとの思いで農家に辿り着くと、家の近くに小型のスペースシップが停まっていた。


 ディヤーヴァは二人を庇って身構えた。その時である、その小型のスペースシップの方から声が聞こえた。

「ナギ!」

 機械の音声は前よりずっと明瞭だったが、特徴のあるイントネーションだった。

「えっ、もしかしてアルか?」

「ソウダ。ナギ認識完了」


 その声に呼応するように、農家の中から男が一人出て来た。すらりと背の高い男はまだ若い。肩まで伸ばした銀髪にブルーグレーの瞳。非常に整った容貌の男はディヤーヴァを見てサッと身構えた。


「お前はっ!」

 ディヤーヴァは二人を庇ったまま、男の態度を見て唇の端を歪めた。男は油断なく構えたまま、ディヤーヴァが庇っている二人の方に視線を向けた。


「私は君達を探していた。だが、こんな奴にまで会うとはな」

「知り合い?」

 ナギが背後から、男とディヤーヴァを見比べて聞く。ディヤーヴァより先に、男が答えた。

「そいつは、裏切り者のディヤーヴァだ」

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