5 妹メイ


「俺があいつらを誘き出すよ」

 クレイグが見張りの男たちを見ながら肩の銃を構えていると、後ろからナギが言った。細い通路の突き当たりに部屋のドアがある。その前に見張りが二人いる。

 部屋の中から誰かの気配がする。この気配は知っているようだ。

 何故か──。


 ナギはクレイグの制止を振り切って、見張りの男たちの前に出た。

「小僧! 何処から来た!」

「何者だ!」

 男達がチャッと銃器を構える。


「あんたら、俺を探しているんだろう? わざわざカダイルまで殺しに来てさ」

「コイツは──!」

「小僧、大人しくしろ!」


 男達がナギに向かって来た。ナギは男たちに背を向けて、クレイグが居る所と反対の方へと走った。男達が光線銃を撃つ。耳元をヒュンヒュンと赤い光が掠める。

(当たるもんか)


 ナギはそう念じつつ走った。ディヤーヴァが外で、二人の男を相手に頑張っている。ディヤーヴァは強い。あの二人の男より強いと思った。

(きっと勝つだろう。だから、俺も頑張らなければ)


 ナギはデッキを超え、倉庫を横切り、船の中をめくらめっぽうに走った。

 男達はさすがに船の内部では銃を乱射する事はしなかったが、手分けをして確実にナギを追い詰めていった。


 追い詰められてナギは狭い通路に飛び込んだ。両側に並んでいるドアはどれも鍵がかかっていて開かなかった。後ろから男が銃撃をしてくる。必死の思いでかわし、狭い通路を曲がった。そして男にぶち当たった。


「このヤロウ!! やっと捕まえたぜ」

 ナギは挟み撃ちにされたのだ。一人がナギの腕をねじり上げ、もう一人が銃を突きつけた。

「手配書のガキか?」

「らしいな。どうする?」

 上の者達はみな船の外に出ていて、男たちは一瞬判断に迷った。それが命取りになった。


「とぉーーーっ!!」

 いきなり、甲高い少女の声が響き渡った。足から先に少女は、ナギを捕まえている男の頭にダンッと到達した。


「グッ!!」

 不意をくらって、男は少女の足元に倒れた。

 ダダダッ!!と、すかさずクレイグが男達にマシンガンを浴びせた。

「ぐあっ!」

 男の身体が弾かれたように飛び上がって、動かなくなった。


 ナギは呆然と少女を見る。

 黒い真直ぐな髪を肩までで切り揃え、真っ黒な瞳の愛らしい少女。だが、への字に結んだ唇と、きっと上がった眉が少々勝気そうだった。

 一度、上から下まで値ぶむようにナギを見て、にっこり笑った。


「あなたが私のお兄さんなの? 私はメイ。会えて嬉しいわ」

 そう言ってナギに抱きついた。


(今、何と言った──?)

 突然のことに固まっているナギを、クレイグが促した。

「ここは危険だ。早く私の船に戻ろう」

「行きましょう」

 クレイグに急かされて、少女に手を取られて、ナギは呆気に取られたまま引き摺られた。

 確かに少女の気配は知っているようだ。知っているけれど──。



 * * *


 地上ではディヤーヴァと男たちの熱戦が続いていた。

 ディヤーヴァの剣は飾りではない。その気を集めて、気を具現する武器だ。だが、中央から遠く離れた辺境で、それを知るものは殆んどいない。それはカマイタチのように襲い掛かって男たちの身体を切り刻んでゆく。その武器に失笑した者達が、その脅威に恐れをなしてももう遅い。


 さしもの金属の肌に覆われた男も、ぼろくずのようになって地べたに蹲り喘いでいた。金銀赤のたてがみの男はディヤーヴァに詰め寄られ、最新の銃を手に油断なく構えているが、逃げるところとて無く唇を噛んでいた。


 すごいとナギは思う。ディヤーヴァはやっぱり強いと。憧れと思慕とがない交ぜになった感情がある。

(急に兄といわれても……。大体クレイグは、父だと名乗らなかったが)


 クレイグは真直ぐ船へと走った。少女がナギの手を握り、その後を追いかける。

「待って、ディヤーヴァが」

「先に船だ!」

 クレイグの返事に、怪我をしているクレイグと少女の身を案じて、ナギはそのまま船に向かった。


 しかし、船に乗り込むとクレイグは船を発進させたのだった。

 ディヤーヴァがまだ地上で男たちと戦っているというのに。



 浮かび上がった船。

 ディヤーヴァも、金銀赤のたてがみの男も、その船を見上げた。

 ナギには地上のディヤーヴァが見えた。呆気に取られ、それから唇を歪めてニヤリと笑う。船ではなく男の方を向いた。

 それがナギにはディヤーヴァの決別の挨拶のように見えた。


 この女の子が自分を兄といい、クレイグが父親であるなら、自分はディヤーヴァから離れなければいけないのか。

(嫌だ!)

と、ナギの心が叫ぶ。

「ディヤーヴァ!!」

 叫んで手を伸ばした。そこに行きたいと。足手まといでもいいから、その背中を追いかけたいと。


 ディヤーヴァの背中が見える。はっきり見えるのに。

 フッと視界が揺れた。ぶれて、風が起こって、目を開いているのに何も見えない。


 その時だった。たてがみの男が船に向けて発砲した。

「ザマミロ……」

 ディヤーヴァの剣から迸った衝撃波は間に合わなかった。衝撃波を受けて男は地に伏したが、ディヤーヴァの衝撃波よりものすごい衝撃と光とドーーーン!! という爆発音が、辺りに響いた。



 * * *


 ぶれた視界がゆっくりと形を取って、やがて目の前に一つの像が結ばれた。

 広いがっしりとした背中。見上げれば頭にぐるぐる巻かれたターバン。男はまるでコマ送りのフィルムのように、ゆっくりと振り返った。


 浅黒い肌、きりっと引き締まった顔、額に赤い宝石。黒い瞳は少し驚いたようにナギを見たがそれも瞬時のことだった。

 ナギの腕を掴むとバッと腕の中に庇った。その途端だ、ドーンという爆発音と爆風が来て地面がグラッと揺れた。

 何が起こったのか──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る