3 助けた男


「わ、私の名はクレイグという。ここで娘と二人農業をして細々と暮らしていた」

 クレイグという男は苦しい息の下から言った。運ばれた寝台にそのまま横にならずに起き上がろうとする。


「おじさん、まだ寝てたほうがいいよ」

 まだ男の身体に手を置いていたナギが男を引きとめようとした。

「いや、ゆっくりしちゃいられないんだ。娘のメイは……、坊や、あんたと同じインティなんだ」

 ナギとディヤーヴァは顔を見合わせた。


「あんたもそうなのか」

 ディヤーヴァが男に問う。しかし中年の男クレイグは首を横に振った。

「いや、私は違う……」

「ドールか」

 男はディヤーヴァに返事をせず寝台から起き上がり、よろよろとドアに向かって歩き出した。


「おじさん! まだ歩いちゃダメだよ」

 ナギが引きとめようと追いすがる。

「分った。救い出してやるから、あんたはここで待ってな」

 ディヤーヴァが男の前に回り込み担ぎ上げようとした。しかしクレイグはディヤーヴァを押し退けて言った。


「奴らは強い。人数も多い。あんた一人じゃ無理だ」

 ナギとディヤーヴァはもう一度顔を見合わせた。

「こっちに車がある」

 クレイグという男は弱った身体でゆっくりと二人を納屋の方に案内した。



 しかし、納屋の車はめちゃめちゃに壊されていたのだ。

「おい、それに乗れるのか」

 ディヤーヴァが皮肉を言う。

「……」


 男は何も答えずに納屋の奥に入っていった。立てかけてあった農具を取り除き、床に敷いてあった藁を、這いつくばって犬のように手で払いのける。


 四角い金属製の蓋のようなものが現れた。クレイグがその蓋の上に手を置くとウインと低い機械音がして蓋が開いた。中にレバーのようなものがある。それを引くとしばらくして家の外から船のエンジン音が聞こえてきた。その音がした途端クレイグの身体がそこにへたり込む。


「しっかりしろよあんた。娘を助け出すのはこれからだろう」

 ディヤーヴァがクレイグを助け起こして三人は納屋の外に出た。



 家のすぐ外に小型のスペースシップが止まっていた。ディヤーヴァが口笛を吹く。少し古い形のスペースシップだが、手入れはよく行き届いてピカピカだった。

 男を助けながらシップに近付く。乗船口でクレイグを確認したシップが入り口を開いてナギとディヤーヴァも乗せた。


「空港に……」

 操縦席にぐったりと座り込んだ男の指示で、シップは音もなく飛び立った。


 ナギは綺麗に調えられた船の中を見回した。

 今まで乗っていたアルのスペースシップと大きさは大差ないようだが、アルの船はボロボロに壊され歪んで、船室自体が狭くなっていた。

 それにしても、アルの船にはあまり備品とか無くて、スッキリとしたというか何処となく無機質な感じがしたが、この船は操縦席の後ろの椅子は革張りだし、内装も豪華だった。


「なかなかいい船じゃないか」

 ディヤーヴァが感心したように言う。

「一昔前なら最新式だっただろうな。滅多にお目にかかれない高級オプションがずらりと付いているし」


 操縦席の周りについているナビゲーターやら安全装置を見つけて、ディヤーヴァが言うが、クレイグはそれには答えず、シップのスクリーンを見ながら呟くように言った。


「……。娘を助けてくれたら話したいことがある」

「今から話したらどうだ」

 革張りの後部座席にふんぞりかえって、スクリーンやシップの内部を面白そうに見回しながらディヤーヴァが言う。


「……」

 クレイグは座り心地の良さそうな操縦席に、ぐったりと寄り掛かって返事をしない。

「強情なオッサンだぜ」

 ターバンの頭をかきかきディヤーヴァが溜め息を吐いた。


「町だ!」

 二人の言い合いを横目に、スクリーンを眺めていたナギが指差した。棘のある植物と黄色い砂の大地の途切れた向こうに、恒星ドラヴィダの第五惑星にあったケララと同じ位の、低い建物の小さな集落が広がっている。


「その向こうに空港がある。あいつらは、まだそこに居る筈だ」

「どうしてそう思う」

「今の季節は、恒星の発する磁気嵐の方角が悪くて、通信が取り難いんだ」

「へえ、隠れるには持って来いの星じゃあねえか」

「……、そうだ。磁気嵐のシーズンが収まるのを待って、連絡が取られる筈だ。奴らは急いじゃいない。娘はまだ空港にいる」

 何故急いでいないのかクレイグは説明しなかった。


「ふふん。なら先に腹ごしらえをさせて欲しいな」

「……」

「相手は強いんだろう?」

「……、そうだ」

 今度はクレイグが溜め息を吐いて、シップを町のすぐ間近に停めた。ナギとディヤーヴァはなるべく早くとクレイグに念を押されてシップから降り、町で食料と水を仕入れた。



「あんたは、その子と、どうして一緒に……」

「なりゆきだ」

 シップは二人が戻るとすぐさま飛び上がった。ナギはお腹が空いていたのか、無心になって食べ物を掻き込んでいる。その横でディヤーヴァも健啖さを競うように豪快に買ったばかりの食料を口に放り込んでいる。クレイグは二人の食欲に当てられたように、時折顔を顰めながら栄養ドリンクを飲み込んでいた。


「あんたはどういう……」

 至極簡単なディヤーヴァの説明では、納得がいかないかのようにクレイグは聞いた。ディヤーヴァは聞こえなかった振りをして、ナギの前から肉片を失敬して睨まれている。


 シップは三人を乗せて真直ぐ空港に向かった。

 クレイグはナギのことは聞かない。ディヤーヴァの方ばかりを探ろうとした。無心に食べるナギを挟んで、大人二人が内心で腹を探り合っている。


 やがていくらもかからず、シップは空港に着く。空港には、最新式の、三人が乗っているシップの何十倍はあろうかというようなスペースシップが停泊していた。

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