2 サンドウオーム


「暑いね、ディヤーヴァ……」

「黙ってろ」

「でも……、うぷっ」

 まだ何か言い出そうとするナギの口に、ディヤーヴァは布切れを当てた。

「被ってろ」


 見渡す限りの砂漠である。人っ子一人、空を飛ぶ鳥も、小動物にさえ出会わなかった。


 この砂漠を二人はもう三日も歩いている。夜のうちに砂漠を移動して、明け方近くに休めるところを見つけるが、昨夜は手頃な場所が見つからなくて、こうして夜が明けても歩いている。


 高くそびえた棘のある植物が、ところどころ陽射しを遮ってくれたがそれにしても暑い。ディヤーヴァに貰った布切れを頭から被って、布の隙間からナギは変わらない景色と、黙々と歩いてゆくディヤーヴァの後姿を眺めた。


 ナギの頭の中には、不安とか焦りとかそういったものは無かった。この砂漠だろうが、瓦礫だろうが何処までもその背中を追いかけて行く。ナギの手には何も無くて、背負っているものも何も無かった。小さな命一つを背負って男の後を追いかけた。



 ──と、ディヤーヴァが立ち止まった。かすかに地面の振動が伝わる。地の下から何者かが来る。


 振動はどんどん大きくなった。ゴォ―――!!! という地響きまでが聞こえてきた。真直ぐ二人に向かってそれは近付いて来る。

 ディヤーヴァは腰の剣を抜き放った。ナギを背中に庇って剣を構えた。短い筈の剣が光を帯びて輝く。


「ナギ、掴まってろ」

「うん」

 ナギは返事を一つして、ディヤーヴァの腰布をしっかりと握った。


 ゴウッと砂塵が舞った。突如、何メートルもの砂の壁が現れた。

 いや、それは巨大な生き物だった。この星ではじめて会った生き物はサンドウオームだった。砂の中から現れた巨大な身体の周りを砂が渦を巻き、蛇のようにとぐろを巻いて威嚇するように吼えた。それから鎌首をもたげてシャーと二人に向かって襲い掛かった。


 ナギを連れて飛び上がり、ディヤーヴァはサンドウオームへと剣を振り下ろした。剣から衝撃波のようなものが迸りサンドウオームに襲い掛かる。

「ヴォォォォ―――ン」

 何処に当たったのかサンドウオームはものすごい叫びを上げて、グネグネとのたうち回った。


 地面に降り立ったディヤーヴァはナギの腕を引っ掴むと走った。サンドウオームは二人を追いかけたりせず、そこで手負いの獅子のように暴れている。砂塵が舞い上がる。ズシ―――ン!!! と地面が揺れた。その中を二人は駆けた。巻き込まれたらひとたまりもない。


 地響きが遠くなって、やっとディヤーヴァは歩調を緩めた。

「何だったの? 今のは」

 まだディヤーヴァの腰布を握ったままナギが聞いた。

「サンドウォームだろ。この星には出るからな」

 剣を納めながらディヤーヴァが答える。

「大きかったね」

「そうだな」


 ディヤーヴァは顔を上げて前方を見た。砂漠はもう外れでむき出しになった岩盤の向こうに黒い森のようなものが見える。

「人の居そうな気配がする」

「ホント!?」



 * * *


 ディヤーヴァの言うとおり、少し歩くと地面はその色を変え、植物も棘棘のものから普通に葉のあるものへと変わった。

 その林のような木々の間に小さな家が見えた。家の回りで家畜を飼い畑を耕して自給自足の生活を送っている農家のようだった。


 二人は先を争うようにして、その家に近付いた。

 しかし、訪ねて行った家には人はいなかった。


「留守か?」

 二人は家の前で辺りを見回した。

「……」

「待って、呻き声が……」


 二人は家の裏側に回ってみた。家畜のいる納屋と住居の間に男が一人倒れている。半死半生で虫の息だった。

「こりゃ、もういけないな」

 ディヤーヴァが首を横に振る。

「俺、やってみる」


 ナギは男の身体に手を充てた。人前では決してしてはいけないと言われていたけれど、ディヤーヴァの前なら別に問題はないと思った。男の身体をゆっくりと擦る。手が熱くなって、エネルギーのようなものが男の身体や傷に注ぐのが分かった。

 ディヤーヴァが驚きの顔でナギを見る。


 やがて、男の顔に生気が甦った。

「み、水……」

 男はそう呟いて薄っすらと目を開けた。そして、ナギの顔に焦点が合うと目を見開いた。食い入るようにナギの顔を見ている。


「大丈夫?」

 ナギが話しかけると、もう一度瞬きした。それからゆっくりと首を動かして、後ろにいるディヤーヴァを見る。唇が引き結ばれた。


 ディヤーヴァは男を助け起こして家の中に運んだ。家の寝台に男を横たえる。水を運んで男に飲ませた。幾つくらいか、もう中年に見えるその男は、容貌が整っていて新人類のように崩れてはいなかった。


(インティかそれとも……)

 男は水を一口飲むとナギの手を握り言った。

「た、助けてくれ。む、娘が攫われたんだ……」


 ディヤーヴァは溜め息を吐いた。どうやらまた厄介ごとに巻き込まれそうだった。ナギが男に頷いてディヤーヴァの方を振り返る。ナギと男の目が自分に注がれるのを見て、ディヤーヴァはもう一度溜め息を吐いた。

 ナギと一緒に居ると、厄介ごとが次から次へと降ってくるような気がする。そう思いながら。

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