二話 見知らぬ妹
1 新たな星
暗い宇宙空間を一つのボロボロの船が移動してゆく。
最新型だった筈の船体はあちこちへこんで傷だらけ、人を乗せているのが不思議なくらいだった。
船には二人の人間が乗っている。まだ十五やそこらの少年と若い男だった。
少年の肌は陶器のように透き通って白く、顔は整って美しい。この宇宙空間でも変化しない身体。それは少年にさっきから悪戯を仕掛けている男にも言えた。褐色の肌を持ちながら、男は綺麗に筋肉の付いた身体をしていて顔も綺麗に整っていた。
暗い夜の色をした長い髪をターバンに包み、額に赤い宝石、何もかも呑み込んでしまいそうな黒い瞳が今、ナギを見下ろしている。
ナギの首筋をディヤーヴァの唇が這う。手は少々くたびれてはいるが古着屋で買った洗いざらしのシャツの中、胸の突起を見つけてそれをクネクネと弄んだ。
「いや……、ディヤーヴァ……くすぐったい」
まだ充分に開発されていない少年の身体は、ディヤーヴァの腕の中で生きのいい魚のように跳ね回った。
「ここは、感じるか」
抱き寄せて耳にキスをして、狭い床に押し倒した。
「う……ん、ディヤーヴァ……」
少年の細い腕が伸びて、ディヤーヴァの首に絡んだ。
「オ客人。コノ船ノ中デソウイウコトヲスルノハ、止メテイタダキタイ」
乗っている船の床から、いかにも人間の声に似せられたスペースシップの人工知能の声がする。
「うるせえな。誰の金で修理したと思っているんだ。他に暇つぶしになるようなことがあるのかよ」
相変わらず傍若無人なディヤーヴァが、シップの忠告をせせら笑った。しかしナギは身を起こして、その綺麗な金色に澄んだ瞳をスクリーンの方に向けた。
星が瞬く宙が映っている。ディヤーヴァは舌打ちして床の上で胡坐を組んだ。
「アル、ナジューラはまだ?」
澄んだ声でナギが聞いた。起き上がってもディヤーヴァの側を離れないで、自分も胡坐を組んだ。
あの日、惑星カダイルで皆を殺した二人の恐ろしいドールは、ナギを殺しにケララの宿屋まで追いかけて来たのだ。だが、何の気まぐれでかナギを買ったディヤーヴァは、恐ろしい殺し屋を物ともせずに蹴散らして救ってくれた。
それ以来、ナギは無条件にこの褐色の肌の男を信奉している。
恒星ドラヴィダの第五惑星の無人空港タールで、スペースシップを修理した。船は前よりも余計にへこんで無残な姿になっていた。
燃料を入れてヨロヨロと飛び上がったがスピードは出せない。タールを飛び立ってゲートを越え、数日が過ぎていた。
「モウスグ着ク」
アルがそう保障して、ナギとディヤーヴァは安堵の吐息を漏らした。もうこの船は、何時空中分解してもおかしくない状況だった。
* * *
やがて、船のスクリーンに黄色っぽい星が大きく映し出された。惑星ナジューラだ。ゆっくりと下降体勢をとって、船は夜の空域に入り、空港ではなく町外れの山間にひっそりと下りた。
「まるで密会でもするようだな」
ディヤーヴァが冗談めかして言う。
「私ハココデ、ゴ主人様ヲ待ツ」
シップは取り合わないで二人に宣言した。つまり好きなようにしろという事である。ディヤーヴァとナギは顔を見合わせた。
「あんたのご主人はどんな奴だ」
気を取り直してディヤーヴァが聞く。まだ側に座っているナギを引き寄せながら。
「言ウ事ハ禁ジラレテイル」
しかし、シップは木で鼻をくくったような返事をした。
「けっ、どうせお前の持ち主だ、さぞかし頭の四角いガチガチな奴だろうよ」
「コノ船ニ居テ、ゴ主人様ノ悪口ハ許サン」
シップの人工知能アルとディヤーヴァがまた言い合いをはじめた。口ほどには悪い人ではないとディヤーヴァの信奉者のナギは、二人の言い合いに知らん顔をしてスクリーンの向こうの惑星ナジューラの景観を眺めた。
棘のいっぱい付いたおかしな形の植物の影が、幾つも黒く浮き上がっている。どうやら、辺り一面に生えているようだ。
「まったく。どうせインティだろうが」
まだシップと言い合っていたディヤーヴァの、決め付けるような台詞が耳に入った。
「そうなの?」
ナギの声が弾んだ。
インティというのは普通の新人類の変異種で、ドールのように美しい外形をしているという。世の中はドール、サイボーグ一辺倒で、インティは余計な能力もあって迫害されているという。
どうやら自分はインティらしい。ディヤーヴァがそう言うから。
ナギの見るところ、ディヤーヴァも超人じみた能力を持っているし、ゆったりとした衣服の中の体形も綺麗だし、インティではないかと思えるのだが。
「オ客人。世ノ中ハ急速ニ変ワッテイル。インティハ、モハヤ過去ノモノダ。誰モ、ソンナモノガマダ存在シテイルトハ思ッテイナイ」
「そうだな。俺はケララに三年も居たからな」
ディヤーヴァの声が嘆息に変わった。
小惑星群に赤い船を突入させて、ディヤーヴァはケララに降りたという。そんな事をしなければいけないような出来事があった訳だ。
ナギは、隣にいる浅黒い男の横顔を見上げた。
「何で三年もケララに居たの?」
「船が壊れたからな」
ディヤーヴァが剣を手にゆっくりと立ち上がった。つられてナギも立ち上がる。シップに気になっていた事を聞いた。
「アル。お前、ご主人様にこの船を直してもらうのか?」
「新シイボディヲ買ッテモラウ」
当然のようにアルは答えた。もはやどう修理しても直しようもないほど船は傷だらけだった。
「まるでドールじゃねえか」
ディヤーヴァがフンと鼻で笑う。シップは返事をせずに黙ってしまった。
「どうする、ナギ」と、傍らにいた男が聞いた。
「えっ?」
「俺はこの星で一稼ぎをして船を手に入れる。お前はどうする?」
聞かれてナギは付いて行くと答えた。黒い瞳、褐色の肌のこの男と離れたくなかった。聞いてくれたということは、付いて行ってもいいという事だ。
二人は船に別れを告げナジューラの夜の大地に降り立った。
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