6 殺し屋が来る


「オイ、起きろ」

 ディヤーヴァに低い声で揺り起こされてナギは目を開いた。


 泥とレンガで出来た宿屋の低い天井が目に入った。ベッドひとつで一杯の狭い部屋。ディヤーヴァがナギに服を放った。自分はもうターバンをつけて腰布を手早く巻いている。


 慌てて服を身に着けはじめたナギの身体に悪寒が走った。夜気を切り裂いておぞましい気配が忍び寄ってくる。無残な記憶とともに。

「ディヤーヴァ……」

 ナギの掠れた声に、支度を終えたディヤーヴァがチラと目をやった。

「知り合いか?」

「皆を殺した奴らだ……」

「お前の客か」

 ディヤーヴァがチッと舌打ちをする。


「空港の近くで出会った。やり過ごして見つからなかったと思っていたのに。もう、どこかに出発したと思っていたのに」

 ディヤーヴァがナギを掴んで引き寄せる。ナギはハッとしてその手を離そうとした。


「ディヤーヴァ逃げて!! あんたも殺される!!」

 男達は武装して銃器を幾つも持っていた。しかし、ディヤーヴァは何も持っていない。腰に下げた短剣だけだった。そんなもので太刀打ちできる筈が無い。


「うるせえな。もう遅いんだよ。ガタガタぬかすな」

 ディヤーヴァはナギの細い身体をひっ抱えた。

 しんとした夜の闇を抜けて気配が近付いて来る。入り口に一人。もう一人が階段を上がってくる。踏みしめるその音までもが聞こえるようだった。


 ディヤーヴァは腰に下げた剣をすらりと抜いた。短い剣だった。──筈だ。

 鞘も柄も小型の剣だった。そんなものを今の世の中で提げているのがおかしいぐらいに。


 なのに、今ディヤーヴァの手にある剣は光を帯びて、その長さも身の丈近くに伸びている。ナギを背中に庇いディヤーヴァが剣を構える。男がドアの前に立った。


 その時である。ディヤーヴァが立ち上がってダッと跳躍した。男が銃を構える前にドーーン!とドアを蹴破った。

 男は銃をとんでもない方に向けて撃ちながら、ドアと一緒に吹っ飛んだ。


 男を吹っ飛ばすと、ディヤーヴァは部屋に戻ってナギを抱え上げた。小さな窓に向かってダッシュする。跳躍して窓を蹴破った。ガシャッーーン!!と派手な音がしてバラバラと窓ガラスが落ちる。

 ナギはディヤーヴァにしがみ付いた。ディヤーヴァはナギを抱えているとは思えないほど、スタッと軽く二階から地面に着地して、そのまま路地を走った。


 外で待ち構えていた男が慌てて銃を向けた。ダダダッと撃ちかける。耳元の空気を切り裂いて弾がヒュンヒュンと飛んでゆく。

 ディヤーヴァはつと建物の影に身を寄せた。男に向かって剣を一閃した。ビュンと風が巻き起こる。風はまるで生き物のように、表で待ち伏せしていた男の方に向かって行った。


「ギャッ!!」

 短い悲鳴を上げて男が後ろに引っ繰り返る。

 ディヤーヴァが肩に背負ったナギに聞いた。

「お前の船は?」

「空港にある。降りる。俺も走る」


 ナギはディヤーヴァの腕から飛び降りて、手を掴み走った。後ろで男の怒声がする。ダダダと撃ちかけてくる。ディヤーヴァが何度か風を後ろに放った。その度に銃声が少し途切れる。



 前になり後ろになりしながら繋いだ手を離さず、無人の空港事務所を駆け抜けて、二人は空港の隅っこにあるボロボロのシップのところまで辿り着いた。


「アル! 開けて」

 ナギはスペースシップに取り付いて言う。ドアの開閉はシップの人工頭脳であるアルに委ねられていた。


「ナギ、認識完了」

「ディヤーヴァ、早く!」

「ソノ男ハ認識外ダ」

 一旦は開きかけた入り口が閉ざされてしまう。

 男達が追い縋って来る。怒声と銃声が聞こえる。ディヤーヴァが男たちに向かって剣を構えた。


「修理してやらないぞ。お前のご主人に会いたくないのか!」

 ナギがシップに向かって怒鳴った。男達がこちらを見つけて駆けて来る。耳元を銃声が過る。

「了解」

 シップから赤い光が出てディヤーヴァの身体を撫でた。

「名前ヲ」

「ディヤーヴァ」

「ディヤーヴァ、認識完了」


 入り口がスッと開いて、二人はシップの中に飛び込んだ。シップは二人を乗せるとすぐにヒュンと飛び上がった。

「ぼろいシップの癖に……」

 剣を収め、狭い機内を見回して、ディヤーヴァがボソッと呟く。


「客人、ソレヲ言ウナラ降リテモラオウ」

 二人の言い合いをナギが遮った。

「あいつらスペースシップ持ってるんだよ。追いかけて来る」

 ナギの言う通り、飛び立った空港の方角からものすごいスピードで光が点滅しながら追いかけてきた。

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