5 買ってくれた男
男は大股に目抜き通りの雑踏を横切って、小さな路地に入っていった。ナギはともすれば見失いそうになる背の高い男の後姿、を必死になって追いかけた。
迷路のような細い道を何度も曲がって、やがて二階建ての泥とレンガで出来た小さな建物がひしめき合っている一角で足を止めた。
男は後ろを振り返って、そこにナギがいるのを認め少し唇の端を歪めた。顎を杓って一つの建物の中に入って行く。
看板が出ていて宿屋と読めた。建物の中は薄暗い。男はカウンターにいるオヤジから鍵を受け取ってさっさと二階に上がって行く。オヤジはチラッとナギに視線を走らせたが何も言わなかった。ナギは男の後を追って二階に上がる。
「風呂に入れ」
狭いベッドばかりの部屋に入ると男は命令した。ナギは頷いて男が指差したバスルームに行った。トイレと共用の狭いバスルームには、男がぎちぎち入るくらいの小さな浴槽とシャワーがついていた。
お風呂に入るのは何年ぶりだろう。ナギはオイル塗れでドロドロに汚れていた。こんな自分をよく買う気になったものだ。どういう男だろう。ナギのアンテナには男から危険な気配は感じなかった。
石鹸でオイルを落としていると男が入って来た。頭に巻いたターバンはそのままで、腰布や上着を脱いでいて、タンクトップの隙間から引き締まって無駄なくきっちり筋肉が付いた褐色の肌が見える。
「かせ、洗ってやる」
ナギの手から強引に石鹸をもぎ取ると、手に持ったスポンジで泡立てナギを捕まえてゴシゴシとやり始めた。
「い、痛いよ、小父さん」
「俺はまだ二十五だ。小父さんじゃねえ」
「俺、ナギっていうんだ。あんたは?」
「ディヤーヴァ」
男の身体も引き締まっているが、顔も引き締まっていい男だった。
この男はサイボーグとかドールとかいう奴なのだろうか。あの殺し屋みたいな。しかし、男はあの人形の無表情な殺し屋たちと違って表情豊かだ。
(かっこいいな。こういう綺麗に筋肉の付いた男になりたいな)
ぼんやりそう思って見ていると、ナギを洗っていたディヤーヴァの手が止まった。
「お前、ドール……。ガキのドールはいねえか……」
ディヤーヴァは手の中で汚れを落として、綺麗に変身してしまった少年をまじまじと見詰めた。
「お前、インティか?」
「インティって何?」
ナギはキョトとディヤーヴァの方を見上げて聞いた。そんなモノの話は聞いたことも無い。
「もう十五年も前にいなくなった新人類の変異種だ。チッ、厄介なモンを拾ってしまったぜ」
ディヤーヴァに舌打ちされてナギの顔が不安に染まる。綺麗にオイルと汚れを落とされて自分がどんな姿になったのか知りもしないナギは、ただただ訳が分からなくてディヤーヴァを見上げるばかりだった。
ディヤーヴァは溜め息を一つ吐いて、出ろとナギをバスルームから追い出した。一緒にディヤーヴァの下着とターバンが降ってくる。
バタンと閉まったバスルームのドアを見て、首を傾げてから顔を上げた。目の前に小さな洗面所があって、小さな棚とひびの入った鏡が取り付けられていた。
鏡に誰かが映っている。ナギは後ろを振り向いた。誰も居ない。手を伸ばして鏡に触れた。鏡の中の人物も手を伸ばしてきた。
これは誰──?
金色の髪。肌は陶器のように透き通って白い。瞳も金色。愛らしい天使のような少年が映っている。
これは誰──!?
ナギはいつもオイル塗れだった。
ジャンク屋で働く前から、孤児院に居る時から、汚れて真っ黒だった。大体瞳も茶色の筈なのに、洗い流したように金色だ。
自分の手を見た。今、目の前にある自分の手は白い。透き通って滑らかな肌。鏡を覗き込みながら頬に触った。するんとすべらかでシミ一つ無い。髪に触った。肩までの不揃いに切られた髪は生乾きで、部屋の明かりを受けて淡く透き通るような金色に輝いている。
ガチャッとバスルームの戸が開いて男が出て来た。
「まだ拭いていなかったのか。早く拭け、風邪を引くぞ」
男がタオルを投げつける。
「ディヤーヴァ。俺……、あれが俺?」
受け取ったタオルを手に、呆然と鏡を見ながら半信半疑でナギが聞く。
「なんだ、知らなかったのか?」
長い黒髪をさっさと拭って、ディヤーヴァはナギをベッドに放り込んだ。ベッドのスプリングがギッと鳴った。
「一応聞いておいてやる。お前の出身地は何処だ」
ベッドの中でナギの身体に手を這わせながらディヤーヴァが聞いた。
「カダイルに居たんだ」
「カダイル? 知らんな。この近くにあるのか?」
「うん。星図にも乗ってないような星だって。孤児院があって。俺、捨て子だったんだ」
「何でこんな所に来て身売りをしている」
「み、皆が殺されて……、壊れた新型機に乗せてもらって逃げて来た。修理するのに部品がいるから……」
ディヤーヴァはまた溜め息を吐いた。話を聞いている内にもっととんでもないモンのような気がしてきた。
「で、身売りはしたことがあるのか?」
「ない……」
ディヤーヴァが盛大な溜め息を吐く。ナギは慌てた。
「な、何でもするよ、言ってくれれば」
褐色の肌に取り縋る。
「寝てろ。俺が好きなようにする」
ディヤーヴァはナギの腕を掴んで身体をうつ伏せにした。ナギの白い身体を褐色の腕が這う。背中にキスをされてナギの身体が小さく震えた。
「俺には妹がいるんだよ。だから女はダメなんだ」
ナギの耳に唇を寄せてディヤーヴァが囁く。それがどうしてダメなのかディヤーヴァは言わなかった。指がナギの蕾の中に入って来てナギは目の前にあったディヤーヴァの黒髪を掴んだ。
ギシとベッドがしなる。
「息を吐け」
男のモノが入ってくる。ナギの身体をこじ開けて。男の言うままに身体の力を抜いて息を吐いた。狭いところを押し広げてそれはゆっくりと押し入ってくる。未知の感覚が押し寄せてきて、ナギは手に掴んだ髪を握りしめた。
と、握った髪が緋に蒼に紫に染まったように見える。驚いて振り向き男の顔を見上げた。額にある赤い宝石。男もナギを見下ろしていた。
黒い筈の男の瞳の色が緋に、蒼に、そして紫に移り変わって見える。男の瞳の奥に無数の星が明滅した。形のよい唇が降ってくる。
(不思議色の瞳だ──)
瞳を閉じて唇を受けた。男の手がナギの性器に絡む。ゆるゆると扱かれて身体が熱くなった。男が動き出した。ベッドがギシギシと忙しなく鳴る。
男の瞳にあった色がナギの頭の中でぐるぐる回って星が弾けた。何度も弾けてそれは大きなハーレーションを起こし、ナギはその光の中に堕ちて行った。
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