3 殺戮
家に戻って恐る恐るドアを開ける。生臭い臭いが鼻を衝いた。
(オヤジが酔っ払って食い散らかして寝たんだろうか。眠っているのなら起こさずに、今のうちに部屋を片付けておこう)
ナギは部屋に入って明かりを点けた。奥のオヤジの部屋のドアが開いている。部屋が静かだった。人の気配が無かった。不気味なくらいに。
突き動かされるように、ゆっくりとナギはオヤジの部屋に向かった。部屋を覗いてその場に凍りついた。
オヤジはベッドに仰向けになって、目を剥いて、事切れていた。浴びるほどにその身体に銃弾をぶち込まれていた。ベッドが壁が血の海に染まっている。
「し、死んでる……。うわああーーー!!!」
悲鳴が勝手に転がり落ちた。飛び退って走って逃げた。
(逃げろ!! 逃げろ!!)
エアカーに乗って峠の向こうの雑貨屋に向かった。
「誰か!! おばさん!!」
店に走りこんだ。しかし、店にも人の気配がなかった。あの、生臭い匂いがする。視線を廻らせると、レジの横の壁が銃弾を浴びて血に染まっていた。おばさんはその下で息絶えていた。
「わあああーーー!!!」
お腹の底からわきあがる恐怖。
(逃げろ、逃げろ!!)
ナギは孤児院に向かった。もうそこしか知らなかった。
エアカーを駆って孤児院に行くと、あの生臭い臭いがここにも漂っている。絶望的な思いでナギは建物の中に駆け込んだ。
中は血の海だった。入り口付近に神父が横たわっていた。奥の部屋では逃げ出そうとした子供達が散り散りに倒れていた。誰も息をしていない。
(どうなってるんだよーーー!!)
チリッと肌を刺すような気配がした。
(なんだろうこの気配は。変な気配)
心の奥底から危険、危険、と警鐘が鳴り響く。逃げろ、逃げろと。ナギはそろりと体を動かした。その途端──、
バシュッ!!
光線がナギの身体を突き抜けた。ナギの身体が跳ね上がって、その場に落ちた。わき腹に疼痛を覚える。
(起き上がれない。いや、起き上がってはいけない──)
「これで終わりか」
男の声が聞こえた。
「引き上げようぜ」
二人。
(俺は今、死んでいる──)
自分に暗示をかけた。動いたら終わりだと。男達はナギの身体を蹴飛ばして出て行った。痛みに目を剥きそうになったけれど、ナギは動かなかった。
ギューーーン!!と、スペースシップが飛び上がる音が聞こえた。ナギは横たわったままその音を聞いていた。ボロボロと涙が零れた。
シップの音が聞こえなくなっても、しばらくは起き上がれなかった。
寝転んだまま、わき腹の傷を手でゆっくりと撫でる。傷が癒えてゆく。
『あなたはこのことを誰にも言ってはいけません』
そう言ってくれた神父はもういない。ナギは天井を向いたまま、またぽろぽろと涙を零した。
* * *
たくさんの墓を作った後、ナギが惑星カダイルを出たのはそれから三日後だった。
あの新型シップに頼んで、乗せてもらったのだ。
ナギの修理したボロボロのスペースシップがヨロヨロと飛ぶ。それでも惑星カダイルはあっという間に遠ざかった。ナギは操縦席の下に座り込んで、遠く離れてゆく星にサヨナラをした。
「犯人ノ顔ヲ見タカ」
シップが話しかけてくる。ナギはカダイルであったことをこのシップに話した。頭のいい人工知能を装備したシップは、ナギの話し相手になってくれる。それは独りぼっちになってともすれば沈み込むナギにとって、とてもありがたいことだった。
「見ていない。でも、気配で分かるかもしれない」
「ソウカ。モシカシテ、オ前ハ」
「何……?」
「言ウ事ハ禁ジラレテイル」
「誰に?」
「ワガ主ニ」
「お前のご主人って誰?」
「言ウ事ハ禁ジラレテイル」
「どんな奴?」
「言ウ事ハ禁ジラレテイル」
「何なんだよ、それ」
ナギは頑固なシップに吐息を吐いた。
「じゃあ、お前の名前は?」
「私ハアルファダ。アルト呼ンデクレ」
「ふうん、アルか? よろしく」
ナギはシップの床をポンポンと撫でた。
「ヨロシク、ナギ」
シップがブルンと振動した。何処までも人間みたいなシップだった。
「ところで何処まで行くんだ?」
ナギはスペースシップに乗ったことはない。ジャンク屋のオヤジは、シップの性能や修理の仕方、部品については饒舌だったが、宙については口を閉ざした。
「惑星カダイルノ星系ニハ、ゲートガヒトツシカナイ」
辺境の忘れ去られた星カダイルから出る転移ゲートは一つしかない。
「カダイルハ閉ジラレタ星ダ。紐ハ閉ジラレ、情報ヲ知ル者シカ開ケナイ」
アルの説明はナギにはよく分からないが、ゲートを出ると、ドラヴィダ星系に着くという。一本道であった。
「モウスグ、ドラヴィダ第五惑星ニ着ク。オ前ハ、ソコデ部品ヲ仕入レテ、私ヲ修理シロ」
「お前、部品買うお金持ってるのか?」
「ナイ」
はっきりきっぱり言い切ったシップに、ナギは何度目かの吐息をついた。
「俺だって、お金なんか持ってないぞ」
「オ前ハ見テクレガヨイカラ身体ヲ売レバヨイ」
「……」
(コイツ本当にシップか?)
大体、ナギの見てくれは、オイル塗れの前も後ろも分からない細っこい子供である。孤児院の仲間でそういう事をしたことのある子供がいたが、そいつはもっと綺麗だった。
「私ガオ前ヲ乗セテヤッテイルノダ。オ前ハ見返リニ私ヲ修理スル義務ガアル」
「俺そういうのしたことないぞ」
「ヤレバ出来ル」
(きっぱりと言うなよな。捨てて行ってやろうか? このシップ)
そう思ったけれど、カダイルのおばさんの店から勝手に貰ってきた食料もすでに残り少ない。何を買うにしても、売れるものはこの身体しかなかった。
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