2023/05/19埼玉県加須市夜道

 昼間の大雨でかなり不安だったが、大分弱まった。散歩の時間だ。

 

 19:00


 グランヴィルは差したビニール傘をくるくると回しながら一人歩いている。街頭の明かりが濡れた路面にチラチラと反射していたが、それが別に綺麗とか美しいとかは感じることはできなかったそうだ。ただなぜか印象は深いのだと。


 彼女は住宅街を通り抜ける。小さな川と橙色に包まれた真新しいアパートの隙間に神社があるのを見つけた。

「ちょっと入ってみようかな」

 そう思って境内を覗き込んだ彼女が見たのは暗闇だった。本殿だけは電灯が一つ点いていたが、その小さな明かりが逆に周囲の闇を色濃く感じさせる。

 あの闇の中に、得体の知れない何かがいるのではないだろうか?

 そんなチープでありがちな不安が心を包む程度には、あの暗闇は深く見えたそうだ。

 ちなみにその神社の入り口の前で、目撃するたびにお辞儀しているおじさんがいる。律儀に通りかかるたびにお辞儀をしているように見えるが、決して境内に入ろうとしない。なんだろうな。


 グランヴィルは雨が降りやんでいるのに気が付いて傘を閉じた。御洒落な老紳士めいて傘を路面に突いて、大きな通りを歩く。


 車は多いが歩いている他の人には全く行き会わない。天気のせいだろう。

 誰もいない歩道で、彼女は歌を口ずさんだ。晴れた日は出かけよう、どこか遠くへ。

 晴れてなくとも、冒険というほどでもなくても。その歌はこの散歩の動機だった。俺の昨日の日記を読んだグランヴィルは、ネットで“さぁ冒険だ”聴いたそうだ。ガチャピンが月に行く動画も見たと言っていた。俺はアレが子供のころ好きだったと彼女と話した。今ならわかる、ジョルジュ・メリエスの月世界旅行。


 そのうち彼女はわざと暗い道に逸れた。街頭は少なく、道は狭いが車通りは多い道。ブンブンと車道に満ちる音が思考を乱し始めたころ、ラーメン屋を見つけたそうで、閉店ギリギリだったが無事夕食をとれたらしい。

「おいしい味噌ラーメンの店だったよ。一緒に行く?」

 

 綺羅星のようにライトを焚いていたラーメン屋を離れると、あとはひたすら薄暗い住宅街。街頭は少ないが明るい。だがその分影が浮かびあがり、その内の闇は濃い。グランヴィルはそのあたりで何枚か写真を撮っていた。何の変哲もないものばかりだったけどもTwitterにでも載せておく。


 陸橋で動画を撮った彼女は、帰路に就いた。帰りは明るい道を選んだ。



 さて、どうだったグランヴィル。こういうのちょっとワクワクしないか?夜の散歩ってなんか不思議だろう。

 俺の自宅。帰ってきた彼女はロッキングチェアに揺られている。あんなもん家にあったか?さぁどうだろう。

「気分はよかった。絶対に時間の無駄なんだけどねアレ」

 無駄なことを夜にやるからワクワクするんだ。一生こういうことしながら生きていたいんだよ俺は。


「でもやっぱ夜は怖いよ」

 彼女は呟いた。何でもないように言った?怯えた様子だった?俺にはわからん。なんて言っていいのかもわからん。

「夜道は意外と怖くないし、暗闇もまぁ結局はただの影だなぁって。でもなんか……夜は怖い。わかる?」

 まぁまぁまぁ……なんか理解はできる?ニュアンスは感じる?

「うーん、なんかまとまんない。夜は怖い、具体的に何とは言えないけど夜は怖い」

 夜は怖い。

「だめ。今日はもう〆ちゃって」

 

 つまり夜は怖いってことで。


 

 

 

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