2023/05/05埼玉県加須市不思議田

 ひび割れた道路を日差しが焼く。

 人気のない道は春とは思えない程の熱と乾きを感じさせ、そこを一人進む俺の活力を奪っていく。

 今日、俺はとある伝説の地に向かった。予め分かってはいたが、あまりにも過酷な道程だった。

 無人の荒野を抜け、激流に魔が潜む川を渡り、迷宮じみた住宅街を歩く。

 入り組んだ通路を進みながら空を探す。やがて屋根を越す高度に巨大魚めいた旗がはためくのを見つけた。一年に一度、5/5にのみ掲げられるそれは、鯉のぼりと呼称される魚を模したトーテムである。

 この為に子供の日……今日という日を選んだ。迷宮住宅街ではコンパスやマップアプリは狂って役に立たない。だが今日だけは街に目印が出現する。そう、鯉のぼりだ。

 鯉のぼりだけは絶対だ。これを目印に自身の位置を確認しながらでなければ彼の地には決して、辿り着く事はできない。それどころか住宅街から出る事すら叶わず死体を晒す羽目になるだろう……。


 俺はひたすらに歩き続けた。


 どれほど歩いただろう。無事に住宅街を脱し、一息ついた。残り少ない水分を補給しながら眼前に開けた最後の道を眺める。先ほどとは打って変わり、花が咲き誇る開けた風景が広がっていた。物資は少ない、長くは休めない。先に進まねばと、自身を鼓舞し歩みを進め……。





 着いた。ついに辿り着いた!


 その時は突然訪れた。一見なんの変哲もない田畑……だが!おお、見よ!この白いオベリスクを!これが証明、聖地の印。

 オベリスクに刻まれた碑文を読み解く……


 {不思議田}


 不思議田の伝承を掻い摘んで説明する。かつて、この地に予右衛門という百姓がいた。ある日、予右衛門とその作男は悪天候の中での農作業中に一際大きな雷鳴により気を失い、そのまま体が浮き上がると白い雲に包まれた。

 すると、鷲宮神社の明神が白馬に乗って現れた。

「私の氏子を返せ」

 明神が雷にそう言うと、二人は地上に降り、白い雲は消え去ったのだそうだ。


 そう、こここそが。

 与右衛門が浮かび上がりそして降りてたち、雷が人を攫おうとし、そして鷲宮神社の明神が白馬に乗って降臨した、まさに伝説の地なのだ。


 俺は、かつてここで巻き起こった出来事に想いを耽った。

 雷に見そめられた予右衛門とその作男はどんな男たちだったのだろうか。

 鷲宮神社の明神が助けに現れる程に素晴らしい男たちはどんな人生を歩んだのだろうか。


 神秘の浪漫に想いを馳せて、この地を後にした。水も食料も尽きていたので長くはとどまれなかった。コンビニを経由する別ルートを開拓しつつの帰路はそれ自体が大冒険であったがそれはまた、別の話だ。


 ……予右衛門と作男は、この出来事を人々に話した。それを聞いた彼らは口を揃えてこう言ったそうだ。

「不思議だぁ」


 不 思 議 田



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る