第2話

 どうしてこうなったのか、今でもたまに考えてしまう。

 

 あの戦いのこと、あの世界のこと......勇者のこと。

 確かに俺は勇者を庇って死んだ筈。

 

 夢のように朧げだが確かにそれは記憶の中に存在しているんだ。

 

「おーい灰原?寝てるのかい?豪胆だね」

 

 すぐ隣で気怠げな女性の声が聞こえた。おもわず顔を向けると妖艶な雰囲気すらあった声とは違う何処か幼い赤髪の少女が半目で訝しむようにコチラを見ている。

 

「すんません先生 少し気が緩んでました」

 

 記憶の中よりも幼い声が自身の声帯から出る。

 先生の瞳に覇気のない顔つきの灰色の髪の少年が映っている。

 

 記憶の中よりも幼い自分の顔。

 

 あの戦いの後に何者かによって別世界に赤子として生まれたのだから。本当に意味がわからない。

 

「いいや 気にしてないよ この程度で灰原がミスするわけないしね」

「そりゃ光栄と思ってきます」


 俺が灰原レンとしてこの異世界『地球』に産まれて早16年。

 この地球の日本と言う国は前世とは比較出来ないほどに文明が発展し様々な分野においても劣る所を見つけることは出来ない。

 そんな世界に生まれ普通の家庭の元で育ち、平和な少年時代を過ごして このまま普通に人生が終わるのかなと子供ながらに考えていたがそれは間違いだとすぐに思い知らされた。

 

「それじゃ頼んだよ灰原」


 中学2年生、世間ではとある病気を患うらしい時期に俺は先生に助けられた。

 

 異能力 かつて魔法と呼んでいた力に類似する超常の力が社会の裏側でしっかりと根を張り裏の文明を支配している。

 そんな力を発現してしまったからだ。

 

 異能力者は千差万別の能力を保有しておりその力もピンキリだ。

 マッチ程度の火しか起こせない者もいればナパーム弾も真っ青の火力を出す奴も居る。

 俺に関して言えばそんな洒落た能力は無く数多くいる木端能力者に過ぎないから少し羨ましくも思う。

 けれどその能力は数多くある付属効果に過ぎない。

 

 身体能力の逸脱。それはどんな異能力者も例外なく恩恵を受ける、子供にしか見えない異能力者が迫り来る車を受け止めたり、振り回される刃物を指で受け止める事なんてのも朝飯前。

 

 異能は発現した俺もそれは例外ではない。だからこそ異能力は裏の世界では重宝され、強力な異能力者がいる事が各国のアドバンテージとされているのだろう。

 

 異能を使うのに特別な事は必要ない、ただ頭の中のスイッチを切り替えるだけでそこに超常の存在は出現する。

 

 さぁ仕事の時間だ。

 

 ///////////

 

 港に浮かぶ大型輸送船と無数のコンテナ。それを守るように武装した集団が広がっている。

 

「おい!早くしろ!ハイエナの事だすぐに嗅ぎつけてくるぞ!」

 

 怒号が響く。その高圧的な声に反してその中には明らかな怯えの色が濃く見える。

 それ故に影が空から降ってきた事に気が付かない。

 

「ご名答 じゃあお休み」

 

 静寂が訪れた。

 何が起きたか理解できない武装集団。

 

 それが立ち直るのを待つ程、現れた影は甘くはない。

 

「出たぞ!ハイエナ......『赤の猟犬』だ!」

 

 影 灰原が駆ける。隙間を縫い走り通りすがりに黒服達を無効化していく。

 ある者は腕を折られ、足を曲げられ、顎を砕かれ瞬く間に数を減らしていく。

 

「うっ撃て!撃ち続けろ!積荷が終わればこちらに勝ちだ!」

 

 冷静になったのだろう。時間を稼ぐために狂乱に呑まれながら銃を乱射をはじめた。

 灰原は舌打ちをしながら手を目の前で広げた。

 

「おい!何で当たらないんだよ!」

「悪いけど、異能力者を舐めすぎだよ」

 

 灰原の眼前の空間が円形に歪み弾丸の雨を弾いていく。

 それをまるで雨の中で傘をさすかのように気にも留めずに武装集団の無力化の速度を上げていく。

 

 蹂躙と呼んで差し支えのない状況。しかし順調すぎる現状に灰原は警戒を高めて行く。

 

「(先生にちょっかいをかけて来たのにこの程度......何を考えている?)」

 

 思考を挟みながら鎮圧を進めていくと場の空気が変わる。

 

 何かが唸りをあげて近づいている。

 

 どこだ。

 

 上

 

 訪れた爆音と閃光。

 

「はっあの赤羽根の子飼いがこの程度かよツマラねぇな!」

 

 まるでそこは爆心地だった。倒れていたはずの武装集団は血潮か肉片となって飛び散りクレーター状に爆散した地面の中心には何も残ってはいない。

 

 そこに生まれた惨事を気に留める事もなく引き起こした大男は自分の成した破壊の余韻に浸りながら話を続ける。

 

「にしてもハイエナとか猟犬とか言われてるって聞いた時は期待したんだがな」

「遠くから見てても能力を具現化出来てない雑魚だしよ、まぁどんな能力だろうが俺様の爆撃の敵じゃねぇな」

 

「おや?随分と余裕じゃないか 私の猟犬の死体はキチンと確認したかい?」


 大男の笑い声を遮るように先生と灰原に呼ばれていた少女は温度を感じさせない声で話す。

 背筋に鉄棒を指されたように怖気を感じ大男は叫んだ。

 

「はっ テメェは赤羽根か!子飼いのガキが死んだからわざわざ出て来たのか!」

「寝るにはまだ早いぞ坊や それとも夢遊病の類かな?」

 

 赤羽根は大男を見下しながら嘲り、鼻で嗤う。

 

「ふざけるな! 現にあのガキは」 

   

「そうか、なら私は私の猟犬と貴様を観察しよう 異能者同士の殺し合いのデータは貴重なんだ」

 

 赤羽根はすでに男と会話する気などない。頭にあるのは灰原のデータを集めることだけだ。

 

「ほら噛み殺せ、キミなら造作もないだろう?」 

 

 無茶言わないでくださいよ先生

 

 刹那 一つの弾丸が飛び出す。

 

「テメェ生きて」

「逆にあの程度で殺せるとでも?」

 

 不敵に笑いながら灰原が手に持った半透明な棒のような物を突き出す。

 虚を突かれた男だがそれを首を曲げることで避け、返しに拳を振りかぶり。

 

 後ろから何かに首を掴まれ体勢を崩した。

 

「俺は傘って好きなんだよ 良いよねアレ」

 

 倒れた大男は首を絞める謎の力に戸惑い声を出すことが出来ないでいた。

 

「アンタも子供の頃やらなかった? 傘を剣にしてみたり 広げて盾にしてみたり 持ち手に何かを引っ掛けてみたりとかさ」

「アンタみたいに強力な能力じゃ無いけど意外に使えるんだ」

 

 灰原が力を入れると大男は口の端から泡を拭き始める。それをみながら灰原は力を緩めない。

 

 そうして暴れる大男が体を弛緩させて気を失うと同時に大きく息を吐いた灰原を赤羽根は手を叩いて笑う。

 

「ほら私の猟犬の敵じゃない」

「ドヤ顔してるとこ悪いんですが早く端末動かして下さい のんびりしててコンテナを奪われたたじゃ格好悪いでしょう あと態々こんなとこに出て来たことは後で説教ですからね」

 

 赤羽根が萎み詰まらなそうに手の平で虚空を握るとコンテナを積み込んでいた輸送船が巨大な手のような何かに潰され、最後にはただの鉄の塊にまで圧縮されていった。

 

「あーあ 折角の試作品のデバイスが......」

「別にいいよ ゴミを持ち帰って処理するのも面倒だし特別必要なデータも無かったしね」


 灰原は、じゃあなんでココに来たんですか。

 とは既に思わなくなって来た。

 

「灰原に対異能者の経験を積ませようとしたのに結局はあの程度.......時間の無駄だったね 早く帰ろう」

 

 心底つまらなそうに吐き捨てると赤羽根は歩き出す。それに続いて灰原も歩く。

 

 そして赤羽根の右手が何かを掴んだ。

 

 背後で何かが潰れてていくのが聞こえたが灰原は振り返ることなくその場を後にした。

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