参加者たち ー2024/7/24 Wed 16:00


 あの男が立ち去った後、誠也はぼんやりとした思考のまま図書館を出た。外は蝉の鳴き声が響いていて、七月の日差しを肌に感じる。

 じめっとした湿度。来週から夏休みになる学生たちの浮足だった会話。自分も本来ならその中にいたのだろう。現に、先々週には大和とキャンプに行こうという話をしていた。


 意識の高い学生はこの夏にはインターンシップに臨む。チャラチャラとした学生たちも、表向きでは馬鹿騒ぎをしておいてチャッカリとやることはやっている。

 もっとも、元から容量が良いものが多いから、その場凌ぎの自己PRが上手いということもある。


「佐伯。お前ほんとふざけんなよ……。昨日の練習試合、お前本気でやってなかっただろ!」

「わーるい。悪かったって。レポートが終わらなくてさ……。ちょっと寝不足で。いや多くない? こんなに出る? 俺ら練習もあるし、手心加えてくれても良いじゃん……」

「教授が言ってただろ。スポ薦でも特別扱いはしないって。練習は練習。学業は学業。というか、ちゃんと前々からやっていればこんなことにはならないんだよ!」

「いや、まーじーで、みくびってたわ……。ガチで? 嘘でしょ。これが四年、続くの。まじでぇ……?」


 ジャージ姿の男子学生二人組は、片方が片方に叱責しながら目の前を通っていく。あぁ、見た事があるなぁ。あの二人、ちゃんと生きてるんだ。

 ケンカをしているけどなんだかんだと仲の良さそうな二人組。まるで自分と大和のようで。


 ――その二人の首筋にも黒いバーコードが刻印されている。


「……かえろ」


 誠也はリュックを背負い直し歩き出す。自分のせいなんだろうか。自分がこのゲームを始めたから。いいやそんなことはない。このゲームを自分がしてしまったのは、榊優奈がゲームをしろと言ったから。自分は悪くない。


「えみりは今日休みなの?」

「……そう、だけど出島さん。グループメッセで見たんじゃなくて?」

「あっ、いやさぁ。今日スマホ忘れちゃって。志麻ちゃんは連絡が直接来たんだっけ?」

「そうよ。具合が悪いんですって。出島さんみたいに急にサボる人じゃないから、体調不良だと思うけど」

「……あっ、そっかぁ……。ははーっ、志麻ちゃんひどいなぁ……。私、サボってるわけじゃないよ……?」


 食堂に入ると五人グループは一人欠けていた。他の二人はわいわいと賑やかに話している中で、気まずい雰囲気を醸し出す二人。しかし、一人は故意ではなく意図的に。明るく元気な彼女は、このグループで浮いている。リーダー格の彼女が意図的に彼女を排除しようとしているからだ。


「まぁまぁ、絢子。出島っちも悪気があってサボったわけじゃないと思うからさぁ。ねぇ?」

「そうだよぉ。私らだってサボることあるでしょ? ま! 絢子はまじめちゃんだからサボったことないんだけどね」


 仲の良いグループだと思った。――思っていた。ギスギスとした心のうちを隠すこともなく、表面だけを取り繕って群れている。

「ま、まぁ! 心配だなぁえみり……。元気になってくれると良いんだけど……」


 怖いな女って。

 けれどそういうところを利用して、デスゲームに組み込んだのは俺だった。仲がいいそぶりをしながら内面の奥底を隠す。きっとこの三人は、お互いに殺し合ってくれると思って。

 案外自分は、冷静に冷酷に、外界を俯瞰して眺めている。こうしたらこういう行動に出るだろう。この二人はこういう関係だからこの場合は……と、丁寧に汲み取って組み上げる。


 きっと自分はこういうことに向いている。

 他人の心理を読み取り、思うがまま操作することになんの罪悪感も抱いていない。

 ――今、罪悪感を感じているのは、彼らをデスゲームに組み込んだせいで榊優奈の支配下に入ってしまった、そのことについてだけなのだ。

 自分って本当に嫌なやつ。


「あっ、すみませっ。前見てなくて」

 校門の近くでぶつかってきたのは陰気そうな同じ歳くらいの学生。手には重そうな鞄を持っていてその中から古めかしい本が顔を覗かせている。


「……俺も、見てなかったから」

 夏目漱石。太宰治。芥川龍之介。

 近代の文学書が何点か、黒縁眼鏡の向こうに見えたその顔には見覚えがあった。


「柳瀬……裕人……」

 柳瀬は『え?』と顔を見上げる。キョトンとした顔がこちらをじっと見つめて首を傾げる。

「なんで僕の名前を……? どこかで会った事がありましたっけ?」

「あ、いや」


 思わず出てしまった声に口を塞ぐ。完全に余計なことを考えていた。柳瀬に記憶があるはずがないのに。柳瀬はじっと誠也の顔を見つめる。


「……もしかして、藤ヶ谷、誠也」

「え?」

 それは誠也にとって意外な言葉だった。誠也は柳瀬の真剣な顔に目が釘付けになる。そんなはずはない。だって、のだから。


「僕は貴方のことを覚えています。いいや、僕はあの記憶を、ゲームが終わった瞬間に忘れていたはずなんです」

「どういうこと、だ?」


 誠也は柳瀬に質問を返す。蝉の声が止む。周りに歩いている学生たちも心なしかスローモーションのように見える。柳瀬は床に散らばった本を拾うそぶりをして誠也をしゃがませ耳元で呟いた。


「ここじゃなんですから。――されてますよね? 学外に出ましょう」

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