無限連鎖講① ー2024/7/24 Wed 16:15


「スタバに入ったらまず、新作をチェックするべきだと思うんだよ」


 と、柳瀬は言った。大学から歩いて駅前に。柳瀬と誠也がぶつかったのは東門で、そこから横断歩道を渡りベローチェの前を通る。そこから商店街のアーケードを通り細い道をくぐり抜けて、私鉄、向こうにJRが見える大通りにたどり着く。

 柳瀬はJRから電車に乗って帰るらしいのだが、今日は手前にあるスタバに向かう。


 遊歩道の下、隠れるようにあるその場所をしばしの秘密基地とする。カウンターには大学生だろう、男子学生の爽やかな笑顔が迎えてくる。


「なににしますか?」

「えっと、新作のフラペチーノと……チャンクスコーンと……」

 ――よく食うな。いや、よく食うな。

 誠也は半ばドン引きしながら呪文を聞く。店内は高架下だからか少し薄暗く、この暗さがちょうどいい。席はまばらで誠也と柳瀬は奥の席に鞄を下ろした。


「藤ヶ谷くんはなに頼む?」

「……俺は」

 東京というところは、ありとあらゆる場所にスターバックスコーヒーを構えている。キラキラおしゃれな通りにスターバックス。駅の改札にスターバックス。オフィスビルにスターバックス。


 この駅も、オフィスビルが聳え立つその中に二軒のスターバックスを構える、スターバックス激戦区である。周辺に四件のスタバを見た記憶があるのだが、なぜどうしてこんなにも、みなスタバが好きなのだろうか。

 女子高生はフラペチーノを啜り、スーツの社会人は真剣にキーボードを叩く。

 ここにいるだけで、なんだか自分がデキルやつのように感じてしまう、そんな不思議なカフェ。


「俺は」

 柳瀬がメニューを見せてくる。この場の自分の選択はただ一つ。

「スターバックスラテのホットで、キャラメルフレーバーシロップください」

 席につくと柳瀬がふうっと腰をついた。手には甘ったるそうなフラペチーノで、大ぶりの桃が突き刺さっていた。


「甘そう……」

「あっま。――藤ヶ谷のそのカスタムいいな。僕も今度やろうかな。美味しいの?」

「うん。ちょっと糖分が欲しくって」


 柳瀬裕人。デスゲームの二番目の被害者。中村英美里が殺された第一の殺人の犯人として、濡れ衣を着せられ処刑されたのが彼だった。

「柳瀬はさ、俺のこと恨んでないの?」

 藤ヶ谷誠也が開催したデスゲームの中で、橋本大和と共に罠に嵌められ殺された。

「……恨んで……」


 どうしてテーブルを挟んで向かい合っているんだろうか。本来ならこんなことができる間柄でもないのに。柳瀬はフラペチーノを啜り、考え込む。

「確かに、コミニケーション能力が低い僕を嵌めた君たちは許せない。弁論ができないと足元を見て、僕の体を操り言い訳ができない場を作らされた。それは、――ひどい」


 ビクッと肩が動く。自分ではあれは仕方のないことだと思っていても、本人からこうもはっきり言われてしまうと身体がこわばってしまうもの。

 ――なのか? 誠也にとってもあまり自覚がないことだったので、誠也は自分が思っていたよりも反応に驚いた。


「さて、本題だけど」

 柳瀬は生クリームを指で掬い取り口に運ぶ。

「僕がどうして君のことを覚えているのか、だよね」

 柳瀬が真剣そうに誠也の顔を見つめるので、誠也は自然と背筋を伸ばした。眼鏡の奥の瞳がジトっと観察しているようにも見えたためでもある。


「そうだよ。俺のこと、……」

「さっき僕が言ったように、僕はあのゲームのことを終わった瞬間に忘れていた。けれど、――思い出した。君にも覚えがあるんじゃないかな」

 それはどういうことだ? 誠也は思い、考える。このゲームには罠があり我々はまんまとそれにハマったのだ。


「眷属は吸血鬼の命令には背けない。藤ヶ谷くんは、眷属である彼らの記憶を消した。それは橋本大和が吸血鬼であることに気づかれると困るから。けれど、記憶を消す必要がないはずだったことに対してなにもしていない」


 誠也はしばらく思考が停止した。眷属は吸血鬼の命令に背けない。支配下にあるものは支配者の命令には背けない。

「僕はね、藤ヶ谷誠也が開催したデスゲームの後に夢を見た。――デスゲームを開催してください。しなければ、貴方たちは死ぬ」

 支配下にあるものが支配者へ。


「その瞬間、思い出したんだ。僕は藤ヶ谷誠也が行ったデスゲームで一度死に、今いるこのゲームは

 ぬるまった液体が喉を潤す。ゴクリと飲み込んだのは口に溜まった唾液だった。

 スターバックスは、さまざまな人間がいる。学校帰りの女子高生、会社帰りのスーツ姿の社会人。


 スターバックスのようなカフェでは、なぜだか一つくらいは、ネットワークビジネスの営業をしているテーブルがある。隅に隠れるように端っこで、ベンチャー風の男と大学生らしき青年が真剣に話し込んでいる。


「榊優奈さんは、デスゲームを開催しろと君に言った。おそらくそれは彼女が開催したゲームで参加した全員に言っていたんだと思う」

 連鎖販売取引とは、商品を会員が友人や知人に販売し、購入した側の人間が会員となり、さらに知り合いに商品を販売し、会員として繋げていく販売方法である。


 この販売方法の特徴としては、商品で得る利益よりも購入者を組織に加入させ、会員を増やすことで発生する紹介の報酬、特定利益などの方が高額な収入に繋がる場合が多いことだ。

 元の紹介者の下に配当がもらえる形になり、まるで登り鯉のように特定利益が上に繋がっていくピラミッド式になる。


 倫理的には若干抵抗感がある販売方法だが、この販売方法自体には、連鎖販売販売法という法律があり、それを違反することがなければ違法ではないのだ。


「榊は、自分のゲームに参加した全員に『デスゲームを開催しろ』と言った。――俺はその通りにデスゲームをやって、……でも、それで連鎖は切れたはずだろう」

「それが切れてないとしたら?」

「……榊は、まさか……、参加者に自分と同じことをするように……仕向けた……?」


 デスゲームを開催して欲しい。

 それを参加した七人に命令する。その場で見せしめに一人を殺し、残った六人はそれぞれデスゲームを開催する。六人は七人を集め、デスゲームを開催しろと参加者に命令する。そして見せしめに一人を殺す。そのキルスコアは全て、榊優奈に還元され、榊優奈は例えなにも手を下さなくとも自動的にキルスコアを稼ぐことになる。


「何度も何度もあの夢の中にいれば、忘れてしまった記憶も復元される。僕が君のことを覚えているのは、あの夢の中へ何回も出入りしたから」


 大和には記憶があった。それは、榊に命じられてあの夢の中に何度か出入りしたから。

「柳瀬は、デスゲームをしたのか」

「……僕は、身に覚えのない罪を被せられ、けれど殺人をした、その感覚はあって。上手く言い訳をすることができなかった」


 今、目の前にいる柳瀬は、ゲーム内で見せていた人物とは別人だった。

 けれどそうか。

 柳瀬裕人は、自分に自信を持てない陰気で暗い大人しい青年。――そういった役に嵌め込んだ。自分が殺すはずがないのに、殺してしまった。殺人事件において犯罪を起こしてしまった人間は、通常のメンタルではない。どこか普段とは違った行動に出て、それは本来の人格から全くの別物になってしまうこともある。


「僕はしなかったよ。だって、――死ぬ。そんなことあるはずがない。藤ヶ谷くんは、他人に殺人をしろと言われて人を殺すの?」

 誠也は彼に持っていた認識を恥じた。殺人を犯してなくても犯した感覚さえあれば、自信のなさからそれを受け入れ罪を被って、貶めた相手を言及だろうと。


 そういった――都合の良い相手だと、冷酷に品定めして心の奥底では彼を見下していた自分に。


「……殺されるかも、しれなくても?」

 ――お前ってそれで良いのかよ。

 自分をそう仕向けた相手に抵抗することもなく運命を受け入れ、自分の不利益を被る。

 自分と同じように、受け入れるだろうと。


「しないよ。藤ヶ谷くんってなんだろ、変なところで人を信じるんだね」

 








※この小説は、デスゲームを開催しろと言われたとして自分が効率的になおかつ自動的に殺人を犯すことができないか? をシミュレーションした結果、カルト宗教やマルチ商法などで使われるネズミ講にたどり着いた小説となります。

 数学はからっきしの私。弟が物理学部を卒業しているので、累乗やら指数やらの公式を持ち出されなんとか理解しつつ、「いやそんなにキレイにはできないやろ……」と細かいところはザックリと計算しました。頭がいい学校を卒業したかった。

 頭良くなりたい。頭脳を恵んでください。

 無限連鎖講、カッコイイな。

 私にはそれしかわかりませんでした。


 弟よ、ありがとう。

 でも「あなた急にどうした?」と頭を心配したのは……まぁ作家というものはそういうものさ。

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