魔王 ー2024/7/11 Thu 23:59
橋本大和がカードをシャッフルし、二回戦目が始まった。大和の手元に不審な点はない。大和は俺の味方でいてくれている、はずだ。そもそも、大和が榊に加担する理由が見当たらないのだから。
大和はこのゲームでも俺を勝たせてくれる。
「では、ゲームスタート」
配られたカードを額に当て、榊のカードを見る。
この場で必ず勝つ。それは確かにそうしなければならない。が、大和にはこの圧倒的に不利な状況をひっくり返す策があるのだろうか。俺が榊の掛け金を踏んだくって勝つためにはただカードの強さで勝つだけでは足らない。榊に自分のカードが強いと思わせ掛け金を上げてもらう必要がありその膨大な掛け金を全て奪う。
そのために自分のカードが榊よりも強くなければならず本当は弱い自身のカードを強いと思わせる必要がある。
「……うん」
榊のカードは、――ダイヤのエース。
「大和、俺のカード強い?」
「強いよ。だから絶対に勝てる」
勝てる。念押しするような大和の声。大和の発言に嘘は感じない。
「大和くん。私のカードは? 強い?」
「榊さんのカードも強いなぁ。二人とも勝負する甲斐があると思うよ」
ブラフ? いや、この発言も嘘には感じない。だが、あのカードである以上、勝負することに損はないだろう。
「じゃあ、二人とも勝負する?」
大和の質問に榊も誠也も頷いた。
「ゲームを続けるよ」
賭け金十点で勝負に降りるものがいなかった場合、降りなかったものの中で親が次に取る行動を決め、三つの中から選択しなければならない。この場で親は大和なので大和がこの後の展開を決めることになる。
「そういえば、このゲームって何回やるの? 今日は木曜日。なら、そろそろ締める日を決めないといけないんじゃない?」
「そうだねぇ。私は明日までやるつもりだよ」
「……それまでに掛け金を全部……」
不可能だ、回収できるわけがない。
「榊さん、ちょっと誠也が不利だからルールを変えても良い?」
「どんな案?」
ルール変更。大和はなにを提案するつもりなのか。ルールを変えてこの場が形成逆転できればいい。
「この場は賭け点を二十点に上げる。で、それで榊さんは降りる? 降りるなら、二十点を誠也に回す」
大和は誠也と榊を交互に見る。大和にはなにが見えるのだろうか。
「榊さんがこの場で降りず誠也が勝てば、二十点を十倍にして誠也に入れる」
「は?」
「良いよー」
「え?」
大和はなにを言っているんだ? 掛け金を十倍?
「よし。誠也、このゲーム勝とうな」
「は……?」
大和は軽くウインクをして応える。いいや、ウインクされても意味が分からないし。
「誠也は絶対に降りるな、絶対に勝てるから」
「いや、肩をバンッて力強く叩かれても」
大和には俺が勝てる確信があるということなのか? それほど俺のカードが強いのか? ならば、どうして榊はこのゲームを降りない? 実は榊の方がカードが強く、大和の発言はすべてブラフで、俺を貶める罠なのではないか……。
いいやでも、それはないか。
「ゲームを続けますか?」
大和はNPCに徹し、テンプレートなセリフを問う。考えすぎ? 榊がどうして降りないのかは気になるが、このカードは榊のカードよりも高いはず。それになにか、この展開は俺にとって都合が良すぎているように感じる……のだ。
――いいや。覚悟を決めよう。
「続ける!」
このゲームで負けたら次のゲームはできない。大和を信じるしかない。
「じゃあ、カードを開いて?」
――スペードのエース。スートの強さはダイヤよりもスペードの方が強い。
「誠也の勝ち。だから、二十点の十倍を誠也に」
「や、大和……ギリギリじゃねぇか!」
「ギリギリだったねえ。良かったねぇ、誠也」
「お前、てめえ。俺がどんなに緊張したかっ!」
「たまたまカードの数字が同じだったから俺もびっくりしたなぁ」
これは嘘だ。なにかイカサマでもやってカードを揃えたに決まっている。でなければ、こんなに上手く狙って配れるもんか。大和が絶対に勝てると言った理由も判明した。榊が降りなかった理由は、向こうからはスペードのエースが見えていて、それよりも強いカードが自分の元に来ていると思わせられたから。
大和はこの展開を狙っていたのだ。
「あははー。大和くん演技うまぁい。誠也くんも運がいいねぇ。追い詰められちゃったぁ」
カウンターは移動する。二百点の得点が誠也の元に入り、榊の残りは数点。
勝ったはずだ。もう榊には逆転できる手段がないはず。
「じゃあ、次が最後のゲームね」
けれど。――なんだこの違和感は。こんなにあっさりと勝てるものか?
「誠也くんつよぉい」
「……あ、うん」
嵌められている? いいやそんなことはない、けれどこのゲームも勝たせられた。
「誠也、どうかしたの?」
大和は俺の味方、のはずだ。味方でなければ……俺は勝てない。信じていいんだよな。
――いいや信じていいはず。
「次のゲームが最後だね」
大和はカードを配りながらニヤリと笑った。
演劇部の魔王。
おちゃらけた普段とは想像できないほど、それはやけに仰々しい異名である。初めて聞いた時にふざけた異名だなと揶揄ったっけ。
あぁ、そう思ったことは今まで一度もなかったけれど。
目の前にいる親友は、――魔王と呼ぶに相応しい。
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