出島菜絵の夢 ー2024/7/6 Sat 23:59

 出島菜絵でじまなえは、橋本大和をじっと見つめていた。志麻ちゃんが彼に叫んでいる。

 でも、その声は聴こえない。――興味ない。

 えみりを殺した柳瀬裕人を処刑したかったのは私。

 えみりを殺すなんて許せない。えみり、えみり、えみり。私に優しかったえみり。あのグループの中で、嫌な顔はしつつも拒否することはしないでくれたえみり。


 あのグループの中で正直私は浮いてたと思う。入った時期が少し遅かったのだ。私は頑張ってどこかのグループに所属しないとって思って必死にしがみつくように居場所を得た。雑誌のアイドルの話に付け焼き刃の知識で話を合わせたり、流行りのお店に行く予定の為にわざわざバイトのシフトを変更して行ったり。必要じゃない人間になるのが怖かった。自分がいない場所を作りたくない。

 でも、嫌われていたと思う。

 特に志麻ちゃん、辺りは特に。


 ――あの子、無理やり溶け込もうとしてくる私を無い物として扱っていた。私も良くないのかもしれないけど。私だって仲良くなろうと必死なのに。そんな邪気にしなくてもいいじゃない。性格ちょっとキツくない?


「容赦ないんだね」


 と、ソファに座った彼は言った。志麻ちゃんの息はもうないだろう。私が心臓を撃ったから。

 代わりに、私は太ももを怪我した。彼女の銃弾は大きく外れた。手が震えていたからなのかも。それか、初めから外すつもりだったのかもしれない……。その事に撃った後で気づいたけど、絶命する声を聞きながら『私バカだから気づかなかった』と一応は謝っておいた。

 聞こえてないなあれは。

 聞く前に死んじゃったんだ。


「生き残っちゃった」


 ぺたりと床に膝をつく。力が抜けてしまったみたい。もう立ち上がる気力なんてない。相手は二人。たぶん、私もここで終わり。この世界はどうやら夢の中で私たちは現実で死ぬ訳じゃない……と思う。

 ――胡蝶の夢。

 確か『夢が現実か、現実が夢なのか。でも、そんなことはどうでもいいよね』というなんか偉い人の言葉。私もそう思う。

 これが泡沫の夢だとして、目が覚めたら忘れてしまうものだとしても、知っておきたいことはあるのです。


「柳瀬と私を同時に眷属にしたって言ったよね」

 ソファの彼とモニターの彼は顔を見せ合ったような気がした。


 疑問に思っていたのだ。

 柳瀬と出島、中村は一緒にいた。志麻と佐伯、秋葉も一緒にいた。目の前の吸血鬼、橋本はおそらく私たちと一緒にいたのだろうけど、私たちは記憶を消されてしまっている。

 同時に眷属にしたのは、柳瀬と出島の記憶を消し、自分の存在を知られないようにするため。

 記憶を消せば確かに自分がどこにいたのかは分からなくなる。

 けれどそれは同時に自身のアリバイを失う。


「橋本くんがあの時にどこにいたのか、それを誰も疑問に思わなかった。それよりも大きな問題があって誰も言及しなかったから」

 吸血鬼が唯一、宙に浮いている時間。

 それが一日目の事件だ。


「あの時だけ。『橋本くんはどこにいたのか』を聞いて、貴方が犯人じゃないかと疑いをかけられるのは」

「そうだね」

「でもまぁ、グルがいたらそれも多分無理。同時に眷属にされちゃったのなら、私たちは無意識に吸血鬼の命令を聞く。ズル、ずるいよね。まさか主催者とグルだなんてさ」

 このゲームには初めから穴があり、その罠にまんまとハマった。


「橋本くんって、――演劇部のって呼ばれてる有名な人でしょ」


 私は彼の顔を見たことがある。

 去年の文化祭。サークルの友達に連れられて行った体育館で彼の姿を見た。学生の演技なんて、と正直初めは期待をしていなかった。

 でも彼は違う。舞台の上で堂々と演技をするその姿はまるでキャラクターが憑依したかのようだった。彼を見たのはそれっきり。バイトが忙しいとか、他になにかをやっているとか噂を聞いたけれど。近い人間じゃなかったから分からない。

 あの演技は完璧だった。

 才能だと思った。


「魔王ねぇ」


 このシナリオを作った本人は、彼の演技力を知っている。

 きっとそれを利用して、私たちを嵌めたんだ。


「ありがと。俺の舞台、見に来てくれて」

「あの時の役もハマってた」

「王子様っぽいのもやってみたいんだけど。王子っぽいのはこいつが全部持って行っちゃうから出来ないんだよねぇ」

 橋本は隣のモニターに目配せをする。

「うるさい」

「……短気だなぁ、俺の脚本家様は」


 ガチャリと金属が擦れる音がする。それはこめかみを狙う自分の腕が奏でる不協和音。

 橋本大和は演技をしている。完璧な演技。彼の素顔を私は知らない。この舞台の幕が降りるまで素顔は見えない。


「ごめんね。また俺の舞台見に来てね」


 空気が爆ぜる。皮膚に銃口を当てていた。だから弾は頭蓋骨を打ち破り、脳を破壊して即死する。


「終わったな」

 舞台の幕が降りた後、彼らはホッと息をつく。橋本はソファに深く腰を沈めて肩に入った力を抜く。長いため息を吐きながら、床に倒れた私に近づいて見開いたままの目を優しく閉じる。

 おそらくこのゲームの中で、本当の彼は一度もなかった。


「……セイヤ。ご注文どおり、みんな殺した。でも、これは夢の中なんだろ。大丈夫なんだよな。みんな、生き返るよな」

「生き返るよ」

「……良かった」


 真っ暗な視界の中、段々と聴力は消えていく。


「目が覚めたら、忘れるよ。……お前もな」

「そっか」


 ――橋本大和が笑う声が聞こえる。

「アイス、奢ってもらおうと思っていたのに」

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