志麻絢子の夢 ー2024/7/5 Fry 23:59



 志麻絢子しまあやこは橋本大和の顔を見る。橋本はこのゲーム内でずっと見せていた笑顔のままニッコリと笑った。銃口は火を吹く。身体が動かない。


「やば。勝っちゃった。このチャート凄いな……俺の一人勝ちじゃん」


 橋本はポケットから紙切れを一枚取り出す。そこになにか文字のようなものがビッチリと書いてある。

 チャート? なんのことだろうか、命を奪い合うこの場所で?


「この場にいるのはもう、君たち眷属だけ。このゲームは俺の勝ち。じゃあ、二人とも」


 橋本はにっこりと笑う。その笑顔は、繰り返すようだがこのゲーム内でずっと見てきたもの。私たちを取り持って場をまとめる役をかってでた、あの時も見せていた。信用できると思っていた。

 信用できると、……思わされていた。


「お互いに殺し合って」

 ガチャリ、――どうして。


「体が、動かない」

 出島と志麻はお互いに向かい合い、拳銃を構えていた。お互いがお互いの心臓を狙う。引き金に指がグイッとかかる。


「だめ、指が」

 必死で自分の体を止めていた。力を抜けば発砲してしまうだろう。そうすればお互い死ぬ。


「あー、堪えられるもんなんだね。じゃあ、君たちにこのゲームの真相を語ろう。我慢できなくなったら片方が死ぬ。片方は生きる。でも、最後には死んでもらわなくちゃならない」

 いつの間にかそこにはソファが置いてあり、橋本はそこに腰を下ろした。見定めるような視線をこちらに向け、こちらには興味もない。

 そんなに冷酷な目ができる人だったのだろうか。

 知りたくなかった。


「最後まで残った君たちへのご褒美だ」

 声はモニターの男と重なる。


「まず、最初に言っておくと」

「このゲームの目的は、七人のうち六人を抹殺できる最適解だ」

「このゲームには初めから、主催者である僕と」

「協力者である俺に有利なルールがある」


 初めからプレイヤーを勝利させるつもりなどさらさらなく、そのルールを巧みに隠した。

 どうして、どうしてこんなことを。


「お前がっていうの気持ち悪いな」

「いいだろ、別に。お前だってその役、ハマり役だぞ。僕が意図した以上に喋りやがって」


 モニターの男は大きくため息を吐いたように聞こえた。あぁ、この二人はグルで、私たちはまんまとこの罠にハマったのだ。まさかプレイヤー側に黒幕がいるだなんてそんなことに気付かずに。


「秋葉くんと出島さんが気づいたように、人間側は一ターンに一人しか殺せない。吸血鬼側は回数の提示だけで頻度までは制限されていない。一ターンに二人を眷属にすることが可能」


 そこまでは君たちの推理通りだ、と二人は言う。


「中村さんが殺されたその場所で柳瀬くんと出島さんを眷属にしていて、柳瀬くんを使って中村さんを殺害。罪を被せた……」

「その通りだよ、志麻さん」


 橋本の一存で私たちは殺される。


「吸血鬼の命令は絶対。俺が君たちにした命令は、。この二日目に正体がバレなければシナリオ通りに殺人は実行される」

「もし吸血鬼が橋本大和だと判明した時には、君たちはすでに眷属として吸血鬼の支配下にある」

「このチャートによると、唯一、二日目に吸血鬼が不利な状況にあるが」

「それを乗り越えて仕舞えば、犯人の矛先は他の誰か、または複数人いるあまり橋本大和が紛れ込みやすくなる」

「……まったく。お前の脚本って本当にムカつくほど完璧だよなぁ!」


 この二人はどういった関係なのだろう。このゲームに集められたのは皆大学生。大学名は分からないけれど、でもきっと、おそらく同じ大学なのではないか……?


「あはっ、楽しい。楽しい、楽しいよ」

 橋本は気持ちが昂っているのか、ソファに座りながらなにかを確かめるように呟いていた。楽しい楽しい楽しい、それは狂気的にも聞こえる不気味な声。彼の中でなにかが爆裂するように。

「……やっぱり、……――って楽しい」


「貴方のこと、信用していたのにっ!」

「本当にそういうことって言われるんだ。なるほど、面白い。覚えておかなくちゃなぁ、サンプルとして」


 まるで舞台の上の演者のように、芝居かかった大袈裟なリアクションをして橋本はソファに深く腰を沈めた。隣の彼に確認する。

 まるで友達とカフェで話をするよう。

 それは本当に気軽に。


「ねぇ。、本当にここで殺してよかったの?」

「……いいよ。だってこれは、」


 ああ、ここでおしまいか。

 指にかかる力が増す。私たちは同時に死ぬだろう。銃声は二回。私と出島さん。あんまりあの人のことは好きじゃなかったし、結局それがひっくり返ることはなかった。こんなことに一緒に巻き込まれるだなんて不運だ。

 きっと彼女もそう思っている。


「夢の中なんだからね」


 じゃなきゃ、私をずっと睨みつける、――そんな表情で死ぬことはないでしょう。

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