秋葉勇大の夢 ー2024/7/4 Thu 23:59



 秋葉勇大あきばゆうだいは、目の前の光景に驚愕した。目を開けると隣にいたはずの友人が凶弾に撃たれ地面に倒れている。

 それは一瞬のことだった。一瞬しかなかった。


「佐伯っ!」

 声をかけても返事はない。

 視線の先の人物は狼狽え焦燥する。


「ちがっ、ちがう、私じゃない」

 その顔は嘘をついているとは思えなかった。嘘じゃない、でもこの状況をこの場にいる誰もが見ていたのだ。柳瀬が殺された時、俺らはそばにいなかった。だからその現場を見たわけじゃない。

 でも今は、柳瀬を処刑したその場所で事件が起こったのだ。佐伯が次のターンに出島を処刑しようとした、その時その場所で。

 俺たちはみんな薄々気付いている。


 このゲームは現実じゃない。寝ている時に見ている夢の中。月曜日から始まりここ一週間、俺たちは毎日同じ夢を見る。

 真っ暗な場所に集められ中村英美里が殺された夢、柳瀬裕人を処刑しようと決め実行した夢、そして佐伯蓮が殺される夢。

 それは毎晩少しずつ更新して行く夢。


 ――今日は四日目。

 木曜日。


 今日は次に処刑する人物を決める日だ。


「……志麻さん……?」

 拳銃を構えるのは志麻絢子。


 大人っぽく優しいお姉さんといった印象の彼女は、目の前に起きた現実に狼狽え震えている。

 あぁ、その表情も美しい。

 そう思ってしまうのは、俺が彼女に恋焦がれているから。彼女だけでも守ろう、このゲームが始まってからずっと俺はそう決めていた。


 佐伯は気づかなかったけど、志麻絢子さんは俺たち二人が履修している情報リテラシーの助手をしている大学三年生の先輩だ。

 プリントを回したり、教授の手伝いをしたり、俺も話しかけたことがある。俺はその時から彼女に憧れていた。赤縁のメガネがとても理知的でカッコよくて笑顔がとても可愛い。


 正直ドタイプ、というかドストライクだった。

 ――彼女は俺のことを認知していないようだけど。それは大講義室の学生の一人。仕方ない。

 でもこの場で良いカッコをして印象付けられたのなら――、俺にもチャンスがあるかもしれない。

 だから佐伯と同類だと思われたくなかった。アイツと同じバカだと思われたくない……。


「佐伯? 佐伯っ、佐伯ってばっ!」

 もうすでに息はなかった。


「あの時と同じだ……」

 出島がボソリと呟く。


 四日目。殺されたのは二人、自らが殺したのは一人。まずいのではないか? 柳瀬は眷属だと思ったから処刑した。

 そして目の前の志麻絢子もおそらく……。


「佐伯はきっと眷属じゃないはず、だからおそらく」

 出島と秋葉、そして橋本は、拳銃を持ったままの志麻絢子を見た。


「私は吸血鬼じゃないわよっ!」

「分かってるよ、志麻ちゃん。私も吸血鬼じゃないし、眷属じゃない」


 ゆっくりと話し始めたのは出島だった。出島は志麻の顔を見る。


「でも、志麻ちゃんが人殺しをしたのは現実。柳瀬くんみたいに、私たちはあなたを殺さなきゃならない」

「……ちょっと待ってよ。佐伯くんの話じゃ、次に処刑するのは出島さんのはずでしょ? まずはそっちからやりなさいよ」


 出島の瞳が見開かれる。志麻は佐伯と秋葉のそばにいたからこちらの声が聞こえていたんだろう。出島は柳瀬の方にいてこちらの声は聞こえていなかった。

 ああやばいことを口走ったな、そう思った時には遅かった。


「佐伯くん、そんなことを? 酷い。菜絵のこと殺そうとしただなんて」

「ちょっと待って、出島さん。それはあくまで作戦。このターンで何もなかったらするつもりだったんだよ。でも今の状況はそんなことができる状況にないだろう」


 思わず秋葉は彼女の間に割って入る。どう見てもそんな状況にない。だって作戦は崩れている。それに佐伯がいない今、そんな突拍子もない作戦に乗ろうとは思わない……少なくとも俺は乗らない。これ以上殺してはダメだ。これ以上処刑を決行したらそれこそ吸血鬼の思う壺。

 ――このターンで確実に吸血鬼を突き止めてゲームを終わらせなければ。


「俺こういうの苦手なんだよなぁ……」


 それに、志麻さんを処刑したくない。処刑せずにみんなで生き残って……志麻さんに少しでも良いところを見せてやりたい。

 決めた。志麻さんだけは絶対に守ろう。


「で、誰を処刑するの?」


 橋本が言う。さっきのターンもこの場を取り仕切っていた橋本はここでもリーダーをかってでる。誰の事件にも関わっていない橋本か、俺が取り仕切るべきなんだろう。


「処刑は、しない。これ以上、人数を減らしたらダメだ。このターンで志麻さんを殺したら残るのは出島さんと橋本と俺。もし吸血鬼が日が変わった瞬間に眷属にすることができるんなら、残った人間は一人だけ。吸血鬼が人間を殺せと眷属に命令すればゲームは終了だ」

「……そうだな、処刑はしない」


 橋本は静かにこう言った。その表情が微かに緩む。

「このゲームのルールはこう。④吸血鬼は三回、人間の血を吸い、人間を眷属にして従わせることができる。眷属は吸血鬼に逆らえない」


 橋本はルールを羅列する。そのルールは何度も頭に叩き込んだ。あんまり記憶力がないから何度も何度も頭に染み付くように。

「⑤一ターンに殺せる人数は一人だけ」

「……あれ? 人間側は一ターンに一人しか殺せないけど、吸血鬼側には回数の指定だけだった」

「え? それがなんだっていうんだ? 吸血鬼は三回まで眷属にできる、だから次のターンで眷属をもう一人増やされたら……詰む」

「違うよ秋葉くん。吸血鬼は一ターンに一人を眷属にしなければならないっていう制限はなかった。だから、――逆に考えれば」


 このゲームには初めから穴があり、その穴は巧妙に隠されていて、俺たちはその罠にまんまとハマったのだ。

 羅列されたルールは似ているようで同じものではない。勝手にこっちがそうであるだろうと推測して当てはめてしまっただけ。

 ゲームなのだから、プレイヤー全員がであると。 


「……一ターンに二人を眷属にすることが可能……」




 


「もう詰んでるんだよ。出島さん、志麻さん。俺は君たちに命令をする。――


 


 志麻絢子さんの怯える顔が見える。

 良いカッコは見せられず、それどころか守ろうとして彼女に殺されることになるなんて。レボルバーの銃口が俺の心臓を貫いていく。レボルバー。このゲームが始まる前、志麻絢子さんが手にとったのを見たから、俺も同じレボルバーにした。

 お揃い。

 君もレボルバーにしたんだって、声をかけてきてくれたら嬉しいな。


 なんて、ウキウキしていたから。

 バチが当たったんだろうか。

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