「やあ、いい月夜（つきよ）だな。要件は分かるだろ？　大人（おとな）しく、宝と体を差し出せば、命だけは助けてやってもいいぜ」

「ああ。まあ奴隷（どれい）として二人とも売り飛ばすんだけどな」

　下卑（げび）た男どもが嫌（いや）な笑い声を上げる。こいつらはドラゴンの洞窟に入る勇気も実力（じつりょく）も無い。そんな屑（くず）どもが思い付くのは、懸命（けんめい）に宝を持ち帰った冒険者を集団で囲（かこ）んで全（すべ）てを奪（うば）う事だ。

　山道の横は崖（がけ）になっていて、私達が山を下（お）りるには盗賊が居る箇所を抜けるしか無い。体調さえ良ければ、相棒だけなら空を飛んで逃げられたのだろうが、今の彼女は魔力を使い果たしている。体を震（ふる）わせているのが、見なくても分かった。

　洞窟に戻る訳にもいかない。まだドラゴンは生きているのだ。あれで倒せるような生物なら苦労は無かった。私は持続性の回復（ポーシ）薬（ョン）を一気に呷（あお）る。飲んだ後の数分間、傷の回復（かいふく）効果（こうか）が続くもので、まあ気休（きやす）めのような代物（しろもの）だが無いよりマシだ。私は財宝の入った自分の袋を、背後の相棒に渡した。

「できるだけ、奴（やつ）らの数を減（へ）らす。隙（すき）を見て一人で逃げな」

「ちょっと……！　嫌よ、そんな」

　振り返らずに、私は革（かわ）紐（ひも）で背中に斜（なな）め向（む）きで付けていた武器を外（はず）して手に取る。形状は大斧（おおおの）に少し似ているが、要するにハンマーである。大きなトンカチで、柄（え）は私の背丈（せたけ）よりも長い。普段は金属の重い部分を腰の辺（あた）りに、留（と）め具（ぐ）で固定している。

　盗賊どもが「抵抗（ていこう）する気かよ、馬鹿が」と嘲笑（あざわら）っている。これだけの大人数（おおにんずう）と独（ひと）りで戦った事は無い。私が馬鹿なのか奴（やつ）らが馬鹿なのかは、すぐに分かるのだろう。

「これが最後になるかも知れねぇ。あたしを調子（ちょうし）づける言葉を何か掛（か）けてくれ」

「……貴女のお尻（しり）、大好（だいす）き！」

「嬉（うれ）しいね、ありがとうよ！」

　私は山道を下りて、平地（へいち）になっている盗賊の溜（た）まり場（ば）へと向かう。連中は、まともに戦う気も無くて私に矢（や）を射（い）かけてきた。大勢（おおぜい）に寄（よ）る斉（せい）射（しゃ）で、どんな達人（たつじん）でも防（ふせ）ぎようがない、と盗賊どもは思っていたのだろう。甘（あま）く見てもらっては困（こま）る。

　迫（せま）っていた矢は私を射抜（いぬ）く寸前（すんぜん）、パン！と音を立てて、空中で叩（はた）かれる。全ての矢が勢（いきお）いを失（うしな）って、ばらばらと私の周囲に落ちた。私は開（ひら）けた場所に辿（たど）り着（つ）いて、ぽかんと口を開（あ）けている賊（ぞく）どもに向かって歩く。やや後（あと）ずさりながら連中が叫（さけ）んだ。

「な、何（なん）だ！　何（なん）で矢が当たらない、何（なに）をしやがった！」

「闘（とう）気（き）で弾（はじ）いた。それだけさ」

「は!?」

　私の説明を聞いても連中は理解できない。それも仕方（しかた）なくて、他の人間が同じ事をやっている姿を私は見た覚（おぼ）えがない。この世界は空気中（くうきちゅう）に、魔素（マナ）と呼ばれるエネルギーが充満（じゅうまん）している。そのエネルギーで相棒は魔法を使っているし、私は呼吸（こきゅう）で体内に闘（とう）気（き）を貯（た）めて、必要な時に放出（ほうしゅつ）できるのだ。

　相棒の魔法ほど派手（はで）な事はできないが、今のは瞬間的（しゅんかんてき）に、私の周囲を球体（きゅうたい）で囲（かこ）むように闘気の放出を行（おこな）った。簡易（かんい）の防壁（バリア）である。弓矢（ゆみや）程度（ていど）の飛（と）び道具（どうぐ）では、上下左右、三六〇度の何処（どこ）から撃（う）たれても私には通用（つうよう）しない。

「て、手品（てじな）にビビッてんじゃねぇ！　殺（や）っちまえ！」

　男どもが殺到（さっとう）してくる。確かに手品みたいなもので、数（かず）の暴力（ぼうりょく）に対しては物理攻撃で立ち向かうしか無い。私は両手で、柄（え）の長いハンマーを頭上（ずじょう）で振（ふ）り回（まわ）し始めた。この武器の欠点は、振る時の初速（しょそく）が遅（おそ）くなりがちな事である。振り回す事で勢（いきお）いさえ付けば、最高の武器となる。

　筋力に自信があると言っても私は女だ。私より力（ちから）が強い男など幾（いく）らでも居る。男よりも体重が無い私に必要なのは、勢（いきお）いを付けた打撃（だげき）だ。速度が乗（の）ってきたハンマーに合（あ）わせて、私は体をコマのように横（よこ）へ回（まわ）した。

　前世で言えば、砲丸（ほうがん）投（な）げや円盤（えんばん）投（な）げ、そしてハンマー投（な）げのように武器と共に回（まわ）っていく。投（な）げる訳（わけ）には行かないので、大振（おおぶ）りし過（す）ぎないよう、両手を広く開（あ）けてハンマーを保持（ほじ）。武器と私の重心（じゅうしん）の動きを合わせ、広い歩（ほ）幅（はば）で、ブレイクダンスのように大きく動く。頭上（ずじょう）にあったハンマーは、私の胴（どう）の辺（あた）りまで下（さ）がって、勢（いきお）いを付けて盗賊をまとめて薙（な）ぎ倒（たお）していった。

　それは竜巻（たつまき）の動きに似（に）ていて、災害（さいがい）そ（・）の（・）も（・）の（・）のように、私とハンマーは回りながら敵（てき）を飛ばしていく。竜（りゅう）が巻（ま）く、とは良（よ）く言ったものだ。龍（りゅう）とは、まるで力（ちから）の象徴（しょうちょう）であるように私は思う。力（ちから）そのものに善悪は無い。あの洞窟の赤龍も、ただ寝（ね）ていただけだ。その寝床（ねどこ）に押（お）し入（い）って財宝を奪（うば）う、私達のような冒険者こそ悪辣（あくらつ）な存在かも知れなかった。

「殺（ころ）せ！　殺（ころ）せぇ！」

　男どもが叫ぶ。私も常（つね）に回り続けられる訳では無く、動きが止まった瞬間に一人の盗賊が剣（けん）を振ってきた。ハンマーから片手を離（はな）し、素手（すで）の裏（うら）拳（けん）で横（よこ）殴（なぐ）りに私は払（はら）う。盗賊の剣（けん）が折（お）れて、「嘘（うそ）だろ！」と喚（わめ）く男を蹴（け）り飛（と）ばした。闘気で肉体を鉄（てつ）のように硬（かた）くすれば、こんな芸当（げいとう）も可能（かのう）なのだ。

　束（たば）になって盗賊が私を押さえつける。この世（よ）全（すべ）ての理不尽（りふじん）に抗（あらが）うが如（ごと）く、私は咆哮（ほうこう）と共（とも）に闘気を爆発（ばくはつ）させた。体内からの衝撃波（しょうげきは）が、周囲（しゅうい）の連中を残（のこ）らず弾（はじ）き飛（と）ばす。気安（きやす）く触（さわ）るんじゃねぇよ、男ども。私の体を好きにしていいのは相棒だけさ。

　ずいぶんと刃物（はもの）で切（き）られ、突（つ）かれて、筋肉を固（かた）めて出血（しゅっけつ）を抑（おさ）える。私の動きは速くなっていって、「何（なん）で動ける！」と敵（てき）は悲鳴（ひめい）を上げた。答えは簡単で、私は生（い）き残（のこ）る事を考えていないからだ。ここで全（ぜん）エネルギーを使（つか）い果（は）たす。それで相棒の命（いのち）を助けられるのなら後悔は無い。

　ハンマーを軽々（かるがる）と振り回し、闘気の爆発に合わせて地面を叩く！　前方（ぜんぽう）へ衝撃波が奔（はし）って、馬車に撥（は）ねられたように何人も飛んでいく。何度も何度も何度も、同様に私は衝撃波を奔らせ続けた。相棒と初めて会った夜を思い出す。ああ、これが走馬灯（そうまとう）という奴（やつ）か。

　私は酒場で、武芸者としての道を断（た）たれ、両親を探す当（あ）ても無くなって腐（くさ）っていた。そして、何処（どこ）か私は安堵（あんど）していたのだ。親と会わなければ、私は子供時代に捨（す）てられたという事実を見なくて済むのだから。口減（くちべ）らし、異種族との間の望まれない妊娠（にんしん）。子を捨てる理由など、この世界には幾（いく）らでもある。

　十五歳でアマゾネスの集落（しゅうらく）から出た。居心地（いごこち）の良い場所では無かったから。そして男よりも強い私は、この男（おとこ）社会（しゃかい）の世界で疎（うと）まれ続けた。きっと、お前もそうだったんだろ相棒。媚（こ）びる必要が無い私達には、男の妬（ねた）みや色欲（しきよく）が鬱陶（うっとう）しかったのだ。居心地の良い場所は、二人で寝る宿のベッドだったよな。

　力（ちから）があれば、男も女も関係なく認められる。そういうもんだよな、相棒。この世には龍（キング）の（ドラ）王（ゴン）っていう伝説の龍も居るそうだ。そいつを冒険で倒せば、業績（ぎょうせき）を認めない奴なんか誰も居ない。いつか龍（りゅう）を討（う）ち統（す）べる者（もの）へ。冒険者の、栄誉（えいよ）の頂点というべき場所を一緒に目指（めざ）したかったな。

　もう敵（てき）の姿（すがた）は見えなくなっていた。私の視界も暗くなっていく。やりきった、という充実感があった。私は此処（ここ）までだ。知ってるか、相棒。私の友達になってくれたのは、お前が初めてだったんだぜ。私には、お前が全てだった。要するに私達は愛し合っていたのかね。互（たが）いの命を守り合う関係。愛があれば理由としては充分（じゅうぶん）だよな。