「詰（つ）めて、詰（つ）めて、詰（つ）めて！　袋に詰（つ）めるだけ詰（つ）めたら、後は打（う）ち合（あ）わせ通（どお）りに！」

　手当（てあ）たり次第（しだい）に装飾品を詰めながら相棒が叫（さけ）ぶ。叫びたいのは私も同じで、ドラゴンは首を通路から引き抜き、振り返って私達二人に目を向けていた。財宝を取りに走りながら、私と相棒は作戦とも言えない雑（ざつ）な打ち合わせを既（すで）に済（す）ませている。

　ちなみに洞窟は奥（おく）にも通路があるが、地図（ちず）は無いのだ。龍に追い付かれて喰（く）われるのがオチで、私達は一番（いちばん）近い出口を目指（めざ）すしか無い──現在、ドラゴンの後方（こうほう）にある出口を。

　広場の中央に財宝の山があって、そこに私達は立っている。直径が数百（すうひゃく）メートル程の円形（えんけい）空間（くうかん）。赤いドラゴンが私達を目掛（めが）けて疾走（しっそう）してくる。そのドラゴンを正面（しょうめん）に見て、「走って！」と相棒が指示（しじ）を出す。私と相棒は、ドラゴンを直角（ちょっかく）に躱（かわ）すように、それぞれ左右（さゆう）に走り出した。

　このトカゲの化（ば）け物（もの）は直線的（ちょくせんてき）な動きは速（はや）いが、体が大きくて小回（こまわ）りが利（き）かない。左右に別（わか）れた私達の、どちらを喰（く）らうべきか迷（まよ）って、財宝の山まで真（ま）っ直（す）ぐに突（つ）っ込（こ）んでからドラゴンは止まった。風圧（ふうあつ）で地面の金貨が吹き飛ぶ。私達は化（ば）け物（もの）を回（まわ）り込（こ）むように躱（かわ）して出口まで向かおうとしていた。

　まずは、どちらか一方（いっぽう）を喰らえばいい。そう気（き）づいたトカゲ野郎（やろう）は、首を回して私に視線を向ける。そして駈（か）け出（だ）そうとした時、「こっちよ！」と叫（さけ）ぶ相棒の魔法弾（マジックミサイル）が龍の後頭部に炸裂（さくれつ）する。威力（いりょく）など無（な）いも同然の牽制（けんせい）魔法（まほう）だが赤（せき）龍（りゅう）は苛立（いらだ）った。

　龍が相棒へと目を向ける。そちらへ駈け出そうとした後頭部へ、今度は「こっちだ！」と私が、拾っておいた幾（いく）つかの石を続けざまに投（な）げた。野球のボールほどの大きさで、これまた赤（せき）龍（りゅう）が苛立（いらだ）つ。間抜（まぬ）けな龍が狙（ねら）いを絞（しぼ）り切（き）れない間（あいだ）に、私達は出口までの距離を懸命（けんめい）に詰めた。

　そして事前の打ち合わせは、ここまでだ。結局、龍は出口まで走れば、簡単に私達に追い付けると気（き）づくだろう。細長い通路に入る前に、私達は捕（つか）まってしまう。これから、どうするんだと私は相棒に視線を向けて────その相棒が、私をかばうように龍の前に出たから驚（おどろ）いた。

「私がドラゴンの動きを止めるわ。先に行（い）って！」

「おい、ふざけるな！」

「貴女じゃドラゴンの炎（ほのお）は防（ふせ）げない！　早く行（い）って！」

　畜生（ちくしょう）、と思いながら私は走る。魔法に詳（くわ）しくない私でも知っている。この世界に、赤龍の炎を防ぐ魔法などは無い事を。精々（せいぜい）、威力（いりょく）を軽減（けいげん）できる程度に過ぎない。

　全力（ぜんりょく）疾走（しっそう）しながらも振り返る。相棒は杖（つえ）での飛行を止めて、地面に降り立っていた。魔力を防御（ぼうぎょ）魔法（まほう）か、あるいは攻撃（こうげき）魔法（まほう）に使い切るつもりだ。疾走してくる龍の眼前で、「アイス・ウォール！」と相棒は魔法を発動させた。

　瞬時（しゅんじ）に分厚（ぶあつ）い氷（こおり）の壁（かべ）が出現して、ドラゴンが激突（げきとつ）した。壁にはヒビが入（はい）ったものの、まだ持（も）ち堪（こた）えている。相棒は杖に乗って飛行し、出口までの距離を詰めた。

「上手（うま）いぞ、早く来い！」

　そう叫（さけ）んで、ようやく私は細長い通路（つうろ）に到（とう）達（たつ）した。この通路に入れば、龍の巨体は追って来れない。一人では逃げる気になれないので私は相棒の到着を待つ。

　龍が氷の壁を破壊（はかい）して、再（ふたた）び直線的に走る。既（すで）に予想していて、また地面に降り立っていた相棒が再度、「アイス・ウォール！」と発動する。またも激突し、氷の壁から今度は龍の首が突き出てきた。抜（ぬ）けないようで、龍は悔（くや）しそうに唸（うな）っている。

　相棒は出口の通路まで目と鼻の先だ。逃げ切れると思い私が安堵（あんど）した時、龍の体は赤く輝きを増（ま）した。絶望が私の心を黒く染（そ）める。レッドドラゴンが炎を吐（は）こうとしていた。

　赤（せき）龍（りゅう）の炎は射程（しゃてい）距離（きょり）が百メートルを越える。冒険者なら誰でも知っている常識だ。細長い通路で足を止めていた私は、今、炎を吐かれたら絶対に助からない。そして、その事を相棒は理解していた。龍の眼前（がんぜん）から逃げようともせず、魔法の発動に向けて魔力を高めていく。

「止（よ）せよ…………お前だけなら炎を躱（かわ）せるだろ」

　呻（うめ）きが、私の口から洩（も）れる。相棒は私に背（せ）を向けたままだ。今からでも走って、私は逃げるべきなのか、戻（もど）って戦（たたか）うべきだろうか。迷（まよ）う私は動けなくなっていて足手（あしで）纏（まと）いだ。初めて相棒と会った酒場での夜を思い出す。何で、お前は私を選んだんだ。なぁ、何でだよ！

　相棒が空中に、氷（こおり）の弾（たま）を作り出す。そして氷は、大砲（たいほう）の弾よりも大きくなって、更（さら）に膨（ふく）れ上（あ）がっていった。そんな事をしても赤龍を倒（たお）せないのは分かっているはずで、何をする気だと私は固唾（かたず）を呑（の）む。そして龍が大口（おおぐち）を開（あ）けて炎を吐く瞬間、相棒が魔法を撃（う）った。

「アイス・バレット！」

　尋常（じんじょう）じゃなく大きな氷の弾が、龍に向けて発射される。私は理解した。相棒の狙（ねら）いは、龍を殺す事では無かったのだ。そもそも一撃で赤龍を殺せる魔法などは存在しない。

　そうでは無くて相棒がやったのは、氷の大玉（おおだま）で、炎を吐こうとしている龍の口（くち）を塞（ふさ）ぐ事であった。前世で言えば発射寸前（すんぜん）のピストルを止めるために、銃口（じゅうこう）に自分の指（ゆび）を突っ込むような無茶（むちゃ）である。圧力（あつりょく）の出口を塞（ふさ）がれれば、銃は暴発（ぼうはつ）し、爆発（ばくはつ）するのだ。指がどうなるかは試（ため）したくも無いから知らない。

　そしてドラゴンの口（くち）では爆発が起きた！　バックファイアというのか、銃の暴発と同様、氷の弾で塞がれた炎が龍の口内（こうない）で逆流（ぎゃくりゅう）して。盛大（せいだい）に咽（むせ）たレッドドラゴンの首が、仰（の）け反（ぞ）って持ち上がる。氷の弾は瞬時（しゅんじ）に溶（と）けて、水蒸気（すいじょうき）爆発（ばくはつ）だろうか、とにかく凄（すご）い音を立てて空気が急激（きゅうげき）に流れた。

　通路に爆風（ばくふう）が殺到（さっとう）する。人間の体が、こんなに飛ぶのかと驚（おどろ）きながら、私は多数の石（いし）礫（つぶて）と共（とも）に洞窟内部から風（かぜ）で弾（はじ）き出（だ）されていった。

　幸（さいわ）い、龍の炎の大半（たいはん）は、山の火口（かこう）へと抜（ぬ）けていったようで。相棒が最後の魔力（まりょく）を振（ふ）り絞（しぼ）った防御（ぼうぎょ）魔法（まほう）に寄って、私は火傷（やけど）も無く、飛（と）ばされて転（ころ）がった時の外傷（がいしょう）だけで済（す）んだ。何と相棒は擦（す）り傷（きず）の一つすら無い。杖で飛行して華麗（かれい）に洞窟から脱出していて、私とは幸運（ラック）の数値（すうち）が違うのだろう。

　私の外傷も、回復（ポーシ）薬（ョン）を飲んだので、もう治（なお）り始めている。ファンタジー世界、万歳（ばんざい）だ。これで冒険談（ぼうけんだん）が終わればメデタシだったが、そうは行かなかった。山を下（お）りる一本道の先には開（ひら）けた箇所（かしょ）があって、そこには盗賊どもが群（む）れて待ち構えている。どう見ても五十人（ごじゅうにん）は下（くだ）らなかった。