第28話 おしゃれな銀髪
雨の夜から数日後、
平日だったこともあり、カタちゃんは学校を休むわけにもいかなかったし、銀髪はなぜか一緒に行こうとはしなかったので、結果、俺一人で彼女を空港まで送ることになってしまった。
まぁ、それはそれで良かった気もする。
道中は他愛もない話で笑い合ったりして過ごしたが、お別れの直前で彼女は俺に抱きつくと、やさしく耳元でささやきかけ、そのまま振り返ることなく走り去ってしまった。
その言葉は、三年前に彼女がくれた手紙に書かれていた最後の一文――。
俺への想いを乗せた言葉だった……。
「ねえ!
「え? あ、あぁ、わるい。なんだよ」
「なんだよじゃない! さっきから呼んでるのにぼーっとして! 準備出来たよ!」
銀髪はいつもの白い全身タイツの上から、ピンク色のスカートを履いた姿で俺のことを呼んだ。
「な、なんだその格好は……」
「カタの部屋から見つけてきた」
「こらこら、そうやって勝手に持ち出したら、またカタちゃんに怒られるぞ」
「心配ない。バレないように返しておくから」
「……」
「ねぇ、準備できてる? 早く出ようよ」
「せかすなよ。まぁ、俺も準備は出来ているし、いつでも出られるけどな。行くか?」
「おう!」
そう……今日は銀髪とお出かけだ。お出かけといっても、近所のスーパーへカルビ肉を買いに行くとかではない。
今朝になって、銀髪が突然デートをしようと発言してきたのだ。
まさか銀髪の口からデートなどという言葉が出てくるとは…… いったいどうしたっていうんだろう。
それにしても、カタちゃんにこの話を聞かれなくて良かった。彼女のことだから学校を休むとか言いかねない。
銀髪の奴……もしかしたらカタちゃんが家を出たのを見計らって誘ってきたとか? いや、それはないな……そんな気の利く奴なわけがない……と、思う。
「あ、集塵、ちょっとまって! ところで、どう?」
「どうって、なにがだよ」
「ムカー! 感想に決まっているでしょう! 今日はおしゃれをしているんだぞ!」
「おしゃれ……」
「レディにたいして、なにか言うことあると思うんだけど! 可愛いとか、可愛いねとか、そのスカートとても似合ってるねとか! 似合っているよとか!」
「あぁ……なるほど……」
そう言って欲しいんだな。
つうか、全身タイツの上からスカート履いただけじゃねーか……まぁ、全身タイツ姿よりマシってところか。
「なんか文句ある?」
「まだなにも言っていないだろ。そうやって人の心を読むんじゃねーよ」
銀髪は両目を閉じながら、べー、と舌をだして見せると玄関へと走って行ってしまった。
「なんなんだよ」
まぁ、いいか……とりあえず急ぐとしよう。目的地まで距離もあるし、カタちゃんが学校から帰ってくるまでには戻ってこないと可愛そうだし……。
も、戻ってこられるかな?
◇
「おぉぉぉぉ-! 集塵、見ろ! すごく大きいぞ!」
「そうだな……」
この場所は五十嵐さんと一緒に来て以来だから、三年ぶりになるのか……以外と俺の住む神奈川からは離れているから、なかなか足を運ぶことがないんだよなぁ。
それにしても本当にでかい……東京ソラの塔。
たしか、高さ450mの位置に展望台のある塔だったはず。
「あーっ! なんだあれ! 食べ物屋さんがいっぱい! 走れ集塵!」
銀髪はそう言うと塔の下に並ぶ出店へと走っていった。
ざっと見渡した感じだと、結構しっかりとした食事がとれそうなラインナップだ。昼も近いしここで食べていくのもありかもしれない。
デザート系の店も多いな……これだけの種類があると、どれを食べるか迷ってしまう。
「集塵ーっ! お金がないよー! 無一文だよー!」
「なっ!」
こらこら、公衆の面前で恥ずかしいことを大声で叫ぶんじゃないよ……。
クスクスという笑い声が耳に入ってくる。
は、恥ずかしい……。
俺は銀髪の元へと急ぐ。一刻も早く買い物を済ませてこの場を離れたい。
「集塵! これだこれ! このソラのオムライスっていうのを食べたい!」
銀髪は数ある看板メニューの中から東京ソラのオムライスと書かれた文字を指さした。
写真がないので、どんな商品なのかわからないけれど、ソラのオムライスなんて名付けられているのだから、きっと何か珍しい見た目をしているのだろう。
だが、ビジュアルが不明というのは少々不安ではある。
「なぁ、銀髪。本当にあれでいいのか?」
「いいから早く頼んで! 売り切れちゃう! 無くなっちゃう!」
「無くならねーよ。オムライスでいいんだな? 買ってやるから、もう大声で無一文とか叫ぶんじゃねーぞ」
俺はそう告げると二人分のオムライスを注文した。
店員から受け取ったオムライスの見た目はよくある卵で包まれたオムライスだが、中心にソラの塔のイラストがプリントされている旗が立っていて、ケチャップの代わりに謎の青いソースが、かけられている。
こ、これは……なかなか食欲をそそらない色だ。
つい面倒で同じものにしてしまったが、やめておけば良かったかもしれない。
「うままままーい! 集塵! 見てみろ! 中にカルビ肉が入ってるぞ!」
銀髪にぱっくりと割られたオムライスに目をやると、中からチキンライスと一緒にカルビ肉が顔を出している。
「本当だ。オムライスにカルビとか初めてみた」
もしかして……オムライスを選んだ理由ってカルビが中に入っているのを知っていたからなのか?
「そうだよ」
「あ! また勝手に人の心を読んだな!」
「話が早いでしょ?」
「そういう問題じゃない。何度も言うようだけど、その癖やめろよな」
「そんなにイヤ?」
「まぁ、あまり良い気分じゃないかもな」
銀髪はスプーンを咥えながら、うーん、と唸ると、わかった! と言って再びオムライスを頬張り始めた。
ちゃんと分かっているのだろうか……。
「……」
返事がないな……いつもなら、分かっているぞ! とか言ってきそうなものだけど、もしかして心を読むのを本当にやめてくれたのか?
試してみるか……。
銀髪……口のまわりに青いソースがついていて気持ち悪いぞ。
「……」
あ! 俺のオムライスにジャンボカルビが!
「……」
こ、これは……本当に読んでいないのか?
銀髪……俺はお前が好きだ。
「ケホッ、ケホッ」
なにを急にむせているんだ。気のせいか顔が赤いような……さては……。
「トイレーっ!」
銀髪は大きな声でそう言うと、食べかけのオムライスを俺に預けて走っていってしまった。
――まったく、本当にわかっているのかよ、お前はタイツの能力を使いすぎてはいけない身体なんだぞ……。
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