第16話 五十嵐さん

 俺とカタちゃんの前に現れた五十嵐ごじゅうあらしさんは長かった髪が短くなっていた。

 彼女はボーダーのトップスにバントシェンナのカラーをしたオーバーオールをウエストで折るようにして、派手なスカーフをベルトがわりに履いている。


 高校生の頃と比べると、随分おとなびた雰囲気になったけれど、俺はすぐに彼女だとわかった。

 

 それにしても、まさか五十嵐さんが日本に戻ってきていたなんて……え? いつ? なんで?


「ボンジュール♡」


 五十嵐さんはフランス語で挨拶をしてきたけど、これってボケたほうがいいのかどうか悩むな……。


「……」


「えっと……ボンソワール……だった?」


「……」


「ちょっと、なんで無視するのよ!」


「なんで挨拶に悩んでいるんだよ……本当にフランスに行ってた?」


 俺の言葉に五十嵐さんは陽が落ちかけたこの時間でもわかるくらい、顔が真っ赤になっていた。


「う、うるさいわね! もう! 久しぶりだっていうのに、もう少しなにかないの?」


「おかえりなさい?」


「た、ただいま……エヘヘ」


「ハハ」


 お互い目が合った瞬間、笑ってしまった。と言うよりは笑うしか無かった。あの別れの日が今となっては、なんだか照れくさい。


 それはきっと彼女も一緒だと思う。でも――元気そうで本当に良かった。


「嵐ちゃん、いつ帰ってきたの! 来るなら連絡して下さい!」


 俺たちが黙ったまま見つめ合っていると、カタちゃんが五十嵐さんに声をかけた。


「折角だから突然押しかけて驚かそうかなって、思ったのよ」


 それはそれで迷惑だけどな……。


「ところで二人とも、こんなところで、なにをしていたの?」


 彼女は不思議そうな表情で俺たちを見ながら言った。


「うーん。なにをと言われると、なんて説明したらよいものか……」


「なによそれ」


 スマホの暗証番号で揉めていましたって言うのも、なんだか意味がわからないしなぁ……べつに俺はカタちゃんと喧嘩しているわけでもないし。


「別になんでもないです。嵐ちゃんには関係ないでしょ。わたしもう帰ります!」


 カタちゃんはそう言うと走って公園を出て行ってしまった。仕方がない、俺も戻って二人の夕飯でも作るとするか……。


 そうだ……。


「五十嵐さん。今夜どうするつもりなんだ? どこかのホテルを予約しているとか?」


集塵しゅじんくんの部屋に泊まるつもりだけど?」


「は? 本気で言っているのかよ」


「うん。ホテル代とか勿体ないじゃない。妹のカタもいるわけだし、女の子が一人くらい増えても問題ないでしょ?」


「そう言う問題かよ……」


「そう言う問題よ?」


 しかしそうなると、夕飯の分量を変更しないといけないな……この流れだと、うちにくるのは確定したようなものだし……うーん、仕方がない。


「わかったよ。どうせ食事も俺の家で済ますつもりだったんだよな。ご馳走してやるから一緒に戻ろうぜ」


「エヘヘ、正解。ご馳走になります。でも……」


「ん?」


「戻る前に、一つ話しておきたいことがあるの……いいかな?」


 五十嵐さんはそういうと、真剣な顔で俺を見つめてきた……。



※次回、第17話は8月27日(日曜)19時6分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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