第15話 好きですか?

集塵しゅじん! カタを追いかけて!」


 銀髪の声が部屋に響く。


 まったく、これから晩御飯の支度をしなくてはならないと言うのに……。

 だが、このまま部屋を出て行ってしまったカタちゃんを、放っておくわけにもいかないのは確かだ。


「銀髪、米の準備を頼んだぞ! カルビはカタちゃんを連れ戻したら焼くから」


「おっけーぐーぐぐっ!」


「……」


「なに?」


「いや、なんでもない……なんか懐かしく感じただけだ。それじゃあ、頼んだぞ!」


 俺は部屋をあとにすると、自分の勘を信じて公園の方へと走った。

 

 なんとなくだけど、学校の方には向かわない気がした。勿論、根拠なんてものはない。


「ハァ、ハァ、それに、しても、カタちゃんって意外にも脚が速いん、だな……ハァ、ハァ」


 やばい……俺、相当な運動不足かも。アキレス腱が切れちゃいそう。


 本当に、どこにも見当たらないな……部屋を出るのに少しもたついたし、そのあいだに距離がひらくのは当然か……。


 暫く走ると公園が目に入ってきた。


 脚も疲れたし、一旦ここで休もう。もしかしたら公園の中で、一人寂しくブランコを漕いでいるかも知れないし。


 この公園は今どき珍しく、遊具がたくさん置かれているので、よく子供たちが遊んでいるのを見かける。


 今となっては、中々それらを使って遊ぶ機会はないが、見ているだけで懐かしく感じた。

 案外、こういう気持ちにさせてくれるこの場所は、大人になった俺にとっても、ある意味では役に立っているのかも知れない。


 キー、キー。


 ん? この音……。


 右の方から金属の擦れるような音が聞こえてきたので、気になって目を向ける、と――。


「カタちゃん!」


 まさかの予想がビンゴだ。そこにはカタちゃんがブランコを漕いでいる姿があった。


 俺の存在に気がついたカタちゃんは逃げるわけでもなく、揺らすのをやめ、じっとしたまま動かない。


 ゆっくりと近づき、彼女の前に立つ。

 気まずいのだろうか、目を合わせてはくれない……。


「見つかって良かったよ。もうじき暗くもなるし、お腹も空いてきただろ? 一緒に家へ戻ろう」


「……」


 カタちゃんは黙ったまま、俯いてしまう。


 これはいったい、どうすれば……だいたい、なんでこんなことになっているんだ。

 俺、なにかしたっけ? そもそもこれは銀髪とカタちゃんの喧嘩だったと思うのだが……暗証番号がどうのこうのって話だったよな。


 だいたい人の暗証番号なんて、どうでもいいし、そんなに気にすることでもないだろうに……。


「カタちゃん、もう暗証番号のことなんて気にするなよ。別に俺は理由なんて気にならないぜ?」


「あの番号……なぜ、あの数字かわかりますか?」


 カタちゃんは、相変わらず俺の方には顔を向けようとしないで、俯いたまま話し出した。


 なぜ? なぜと聞かれてもなぁ……。


「えーと、なんでかな?」


「わかりませんか?」


「うん」


「……あの数字……集塵さんの誕生日なんです」


「そうなの?」


「はい……」


「そうなんだ……」


 俺の誕生日と同じ数字だとは思ってはいたけどな……。


「理由……わかりますか?」


「ごめん」


「わかりませんか……そうですよね……」


「その、訊いてもいいのかな?」


 カタちゃんは小さくコクンと頷く。


「理由はですね……あ、うん、そうですね。自分の誕生日だとセキュリティー的に問題があるじゃないですか」


 え? そういうこと? それだけ?


「あ、あー、そうなんだ。まあ、たしかに自分の誕生日とかは危ないもんな」


「はい……」


 まあ、俺はその自分の誕生日を暗証番号にしているわけだが……。


 誕生日か……。


「そう言えば銀髪の誕生日って何月なんだろう……」


「知らないんですか?」


 ポツリと呟いた言葉にカタちゃんが反応してきたので返事をする。


「まあな……」


 意外と俺は、銀髪のことをなにも知らないんだよな。


 数年前に突然コインランドリーの乾燥機から現れて、それから色々あったけど、そんな中で、あいつが病気に侵されていることを知った。

 治療のために星へ帰ってしまったあと、再びここへ戻ってきてくれたときは本当に嬉しかったんだ。


「なんだか集塵さんは銀髪ちゃんのことを考えてるとき、とてもわかりやすいですよね」


「え? そうかな?」


「表情が緩んでいるんです……」


 うーん。そんなことはないとは思うが……。


 とりあえずカタちゃんは落ち着いたように見えるし、銀髪もお腹を空かしているだろうから、そろそろ戻らないと。


「カタちゃん。そろそろ帰ろうか」


「……そう、ですね」


 少しの間のあと、カタちゃんは返事をしてきた。

 彼女が立ち上がるのを確認した俺は公園を出ようと歩きだす。

 

 結局、そんなに大騒ぎをするほどのことでもなかったな……なんだか疲れた。


「集塵さん!」


 突然の声に歩みを止めて振り返ると、真っ直ぐ立ったまま、こちらを真剣な表情で見つめているカタちゃんの姿があった。


 なんだこの重苦しい雰囲気は……。


「ど、どうしたの?」


「その……集塵さんは銀髪ちゃんのこと……好きですか?」


 へ? 好き? なんだ? 突然どうした?


「わたしは……わたしは集塵さんのこと……」


 カタちゃん……な、なにを言おうと……。


「集塵くん!」


 カタちゃんが何かを言いかけたそのとき――聞き覚えのある懐かしい声が、俺の耳に入ってきた。


 この声って……まさか……。


 振り向くと、そこには超絶美少女が不適な笑みで立っていた。

 

五十嵐ごじゅうあらしさんっ!」


 ――戻ってきていたのか……。



※次回、第16話は少し先になりまして8月20日(日曜)19時6分の公開となります。大変申し訳ありません。

 理由は、現在コンテスト作品の方を執筆中ということもありまして、時期的にもお盆休みですし、1回だけお休みをいただければとm(_ _)m

 少しだけ先にはなりますが、引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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