第9話 私のスマホ

「ないっ! ないないっ! なんでぇぇぇっ!」


 月曜日の朝から聞き覚えのある声が騒がしい。

 心地よい鳴き声を聞かせてくれていた鳥たちも逃げてしまいそうだ。

 

集塵しゅじんさん! 私のスマホどこにやったんですか!」


 昼飯用に三人分のカルビ弁当を作っていると、カタちゃんが声を上げながらキッチンへ飛び込んできた。

 寝巻き姿で髪をまだツーテールにしていない彼女はどこか新鮮に感じる。


 なるほど、スマホが見当たらなくて騒がしかったのか……第一声は、どこにやったではなくて、しりませんか? にして欲しかった。


 なぜ、俺が犯人前提なのかが謎で仕方がない。


「俺は知らないし、そもそも人のスマホなんて触るわけがないだろ。ちゃんと探したのか?」


「探しましたよ! でも、何処にも見当たらないんです! 集塵さんのスマホで私の番号かけてもらってもいいですか!」


「いいけど、ちょっと待っててくれない? 見ての通り、俺は弁当を作ってるんだよ」


「見たら分かりますよ。お弁当は後でいいですから早くスマホ鳴らしてください!」


 いや、よくないから……。


 とはいえ、俺も弁当作りで忙しい。

 着信音ですぐに見つかるだろうから、さっさと鳴らしてしまった方がいいかもな。


「わかったよ。今、かけてみるから」


 ポケットからスマホを取りだし、連絡先から彼女の名前を探す。


 えーと……カタちゃんの番号っと……あった! 五十肩ごじゅうかた


 それにしても、いつみてもインパクトのある名前だな……たしか母親が再婚してこうなってしまったんだっけ?


 俺はカタちゃんの番号にかけると、すぐさま自動音声が流れてきた。


 あれ?


「ただいま電話に出ることが出来ませんって流れてくるけど?」


「え! なんでですか!」


 カタちゃんは驚いたような表情を見せる。


「いや、なんでと言われても……電池切れとか?」


「ええぇー! そんなはずないです!」


「じゃあ間違えて電源きったとか」


「それもありえません! どうしよう……」


 カタちゃんはソワソワして落ち着かない様子だ。

 まぁ、気持ちはわからなくもないが、最悪スマホは諦めて学校に行かないと駄目だろうな。


「弁当の準備が出来たら探すの手伝ってやるから、リビングのテーブルに置いてある朝飯食べてきなよ」


「うぅ……」


「ほら、もたもたしてると学校遅れちゃうだろ」


 彼女は、時計に目をやると、しぶしぶリビングへと足を向けた。


 とりあえずカタちゃんの弁当だけでも先に用意を済ませなくては……。


  ◇


 カルビ弁当の準備をすました俺はリビングへと移動したが、カタちゃんの姿はなくテーブルの上に用意していたパンとミルクは中途半端な量が残されていた。


 いつもはしっかり食べるのに、余程スマホが気になって仕方ないって感じだな。


 そうなるとカタちゃんは部屋か……。


 手伝うって約束したし、早速、俺も探してみよう。

 カタちゃんの部屋は本人に任せるとして……玄関からあたってみるか……。


 

 うーん。靴箱にもないし、念のため靴の中や裏も確認してみたが見当たらないなぁ……次はトイレかな……。


 ――ガチャ。


 トイレのドアを開けるとそこには銀髪の少女の姿が俺の目に飛び込んできた。


「おわっ!」


「「……」」


「しゅ……集塵のばかぁー!」


「ご、ごめんっ!」


「早く出てけー!」


「はいーっ!」


 ――バタンッ!


 慌ててドアを閉めるとトイレの中で水の流される音とともに、銀髪の奇声が響いているのが分かる。

 

 ふぅ…まさか銀髪が入っているとは……た、頼むからカギを閉めてくれ……あれがカタちゃんだったらと思うと恐ろしい。


 最悪、俺はこの世から消されていたかもしれないぜ……。


「と、とりあえずトイレは後かな……」


 つ、次はリビングを確認してみるか……ソファの隙間に落ちてるとか、あるあるだもんな。



 気を取り直してリビングのソファの隙間や雑誌の下など、くまなく探してはみたものの、それらしいものは出てこない。


 うーん、見つからないなぁ……。


「集塵さんっ!」


「おわっ!」


 振り返ると、そこにはカタちゃんが立っていた。


「そんなに驚いてどうしたんですか?」


「いや、さっきのこともあって……」


「さっきのこと?」


「いや……なんでもない……」


 間違えてトイレのドアを開けてしまったとか言ったら大変なことになりそうだ。


「えーと、スマホ見つかったのか?」


「駄目です……ですから私、今日は学校を休もうかと思って……集塵さん担任に電話してくれませんか?」


「いやいやいや、スマホ見つからないから休むとかあり得ないから!」


「だってー!」


「だってじゃないよ。休んだら昼は毎日カルビ弁当にするぞ」


「今でも、ほぼカルビ弁当じゃないですか……」


 うっ……痛いところをつかれた。


「と、とにかく、休むのは駄目だし、電話なんかしねーからな。俺が必ず見つけておくから学校いきなさい」


「うぅ……見つけたら学校持ってきてくれます?」


「持ってくから」


「本当ですか?」


「本当だよ! だから安心して行ってこい」


「中とか勝手に見ないです?」


「見ないし、ロックかかってるんだろ? 見れないから安心しろよな」


 カタちゃんは時計に目をやり、暫く考えるような素振りをみせると口を開いた。


「わかりました……学校いってきます。絶対に見つけてくださいね!」


「ああ、安心していってこいよ」


「はぁ……」


 カタちゃんはため息をつくと、部屋に戻っていった。

 

 まったく……。


「あっ! 集塵さん!」


 戻り際に彼女は俺を呼ぶ。


「なに?」


「私の部屋の白いタンスは開けないで下さいね!」


「どうして? もしかしたらその中にあるかもだろ?」


「集塵さんて、もしかして変態……」


「なんでそうなる……っ……あっ……」


 俺はそのとき、その理由を察した……まぁ、そりゃそうか……。


「わかったよ。見ないから大丈夫だ」


「絶対ですよ!」


「あいよ」


 まあ、そこを探すようなことになったら銀髪に頼めばいいだろう。


  ◇


「それじゃあ、スマホのことはお願いしますね! 行ってきまーす!」


 ツーテールに髪を結んだカタちゃんは制服姿に鞄を手にすると、いつもの挨拶をして部屋を出ていった。

 

 さて、腹が減ってはきたがスマホを先に探してしまおう……。


「集塵」


 声の方へ振り向くと白タイツ姿の銀髪がいた……そろそろ俺たちの朝飯の時間だし、腹が減ってきたのだろう。


「あぁ、銀髪か……悪いけど、先に朝飯食べててくれ、俺は少し用事があるから」


「ふーん。わかった」


 銀髪は返事をするとテーブルの前に座りスマホを触り始めた……ん? スマホ? なんで銀髪がスマホなんて持ってるんだ? 買ってやった覚えはないぞ? 


 俺のスマホ……いや、俺のはズボンのポケットにある。


 ――まさか……。


※次回、第10話は7月2日(日曜)19時6分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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