第8話 抱っこがいいの?

 目の前に立つカタちゃんは俺に向かって、歩けません、と言ってくるけど見たところ怪我をしている感じでもない。


 だが、彼女のしっかりとした眼差しは何かをうったえてきていることだけは伝わる……考えるに、おぶるなり抱えるなりして運べということなのだろう。


「おぶっていこうか?」


 俺は覚悟を決めて、恐る恐るその一言を口にしたが、カタちゃんはツインテールの髪を揺らしながら首をブンブンと左右に振る。


 どうやらハズレらしい。


「……」


 その沈黙はなに? これってもしかして正解が出るまで帰れないやつ?


 おんぶではない……となると、うーん。まさかとは思うが……。


「抱っこ……か?」


 カタちゃんはその一言を聞いたとたん、耳まで真っ赤にして、ん、と合図のような声をもらすと両手を広げてみせる。


 いや、そんなに恥ずかしいならやめとけよ……とは思うが口にするのはやめておこう。


 仕方ねーなぁ……とりあえず女の子だし胸に当たらないようにっと……。


 俺はカタちゃんの背中に腕をまわして肩を引き寄せ、胸元へと抱えるようにしたあともう片方の腕を膝の裏あたりにまわした。


 いわゆるお姫さま抱っこというやつだ。


「よっと……」


 思わず声が出てしまうな……これが、どっこいしょ、とかだとオッサンとか言われそうだ。


 それにしてもカタちゃん軽いなぁ……無意味に気合いを入れる必要はなかったみたい。


 俺はカタちゃんの顔へ視線を落とすと、なぜか彼女は力いっぱい目を閉じている。

 

 嫌がっているわけじゃないよな? まあ、さっさと戻ってしまおう。


「それじゃあ戻ろうか」


 ひと声かけたあとのカタちゃんは必死に目を閉じたままコクコクと素早く頷き、それがちょっぴり可愛くも感じた。


 ――ガチャ。


「ん?」


 部屋へ戻るため、一歩踏みだすと突然カフェへの赤い扉が開く。


集塵しゅじん、何してるの?」


「銀髪っ!」


 銀髪は瞬間、俺と目を合わせると視線をすぐにカタちゃんの方へと移す。


「キャー、集塵さん降ろしてくださいー!」


「おわっ! こら! 暴れるなって!」


 銀髪の声を聞いた途端、突然カタちゃんが足をバタバタさせながら暴れ出した。


「あー! 集塵っ! 誘拐かっ?」


「してないから!」


 あまりにもカタちゃんが激しく暴れるので、手が滑って落としてしまわないように、俺は顔面に彼女のジャブを数発くらいながら丁寧に床に下ろした。


「だからわたしは、一人で歩けるって言ったんですー!」


「へ?」


 いやいや、うるうるしながら歩けません、とか言ってきたのは誰でしたっけ?


 まったく……。


「で? 銀髪。どうかしたのか?」


「あっ! そうだ! 集塵のコーヒーゼリーが出来たよ! キツネお面から呼んできてくれって」


「ああ……そうか、わかった。あとお面じゃなくて、たしか仮面だぞ」


 というか、カクテルも俺が戻ってから用意をしてくれたら良かったのに。


 俺はカタちゃんに声をかけようと視線を下げると、カタちゃんは黙って銀髪のもとへと走り、二人でなにやらキャッキャっと騒ぎながらカフェスペースへと戻ってしまった。


 ほんっとーっに、わけがわからない……。


「ふぅ……とりあえず俺も戻るか……」


  ◇


 赤い扉を抜けてカフェスペースに戻ると、既に二人は窓際にある四人掛けのテーブル席へと腰をかけて楽しそうに話ている。


 俺の席の前にはコーヒーゼリーが用意されていて銀髪のカルビソーダは綺麗にからになっていた。

 あれ全部飲んだのか……今にして思えばこっちも、一口貰っておくべきだったかな?


 ブロック状に切られたコーヒーゼリーは縦長のグラスに敷き詰められ、上には大量のホイップクリームとソフトクリームがのっていた。


 そして……ソフトクリームの上には、なぜか白胡麻がふりかけられている。


「胡麻……」


 いや、胡麻ね……たしかに一味いちみよりは合いそうな気はするよ? でもあれ? メニューの写真にはかかってなかったよね? 

 でも、それを言ったらカタちゃんのクリームソーダの写真にも赤いのはかかっていなかったもんな。

 なにこのパネルマジックみたいなメニュー。


「その胡麻はサービスよ」


「おわっ! びっくりした!」


 コーヒーゼリーをまじまじと眺めていると、テーブルの側にキツネの仮面をつけたカクテルが立っていた。

 なにやら手には緑色の液体が入ったグラスを手にしているが、あれって……。


「はい、クソ生意気なツーテールのお嬢ちゃんにはクリームソーダのサービスよ」


「あわわっ! えっ? いいんですか?」


 カタちゃんはびっくりした口調でカクテルに言った。


「ええ、気にしなくてもいいのよ。全部食べ切る前に溢してしまったでしょう? せっかく来店して下さったお客様ですし、最後まで楽しんでいただきたいですから」


 カクテルはそう言うと俺の耳元に顔をそっと寄せてくる。


『お代は頂きますので』


「え?」


 仮面の店員はそっとささやいた。


 おいおい……サービスじゃないのかよっ!


「いただきまーす!」


 カタちゃんは、そう言うとパフェスプーンで赤く染まったソフトクリームをすくい、口にそれを運んだ。


「うーん。美味しいぃー♡」


 まぁ、この笑顔を見せられたらクリームソーダ二個分の値段なんて、安いものかもな。


 ――俺はカタちゃんの笑顔を前に白胡麻のソフトクリームを口にした……。



※次回、第8話は6月25日(日曜)19時6分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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