第7話 ひとくちくれない?

 グラスに透き通るペリドットのようなソーダ水には白いバニラの丘が浮かび、そこには赤い化粧が施されている……それは一味いちみクリームソーダだ。


 カタちゃんは一味のかかったバニラアイスをパフェスプーンですくい、そのまま口元へと運んだ。


 ――パクッ。


「ま……」


 やはり不味いのか……。


「カタちゃん、無理して食べなくてもいいんだぞ?」


「まってください! なんですかこれっ! すっごく美味しいです!」


 え? 嘘だろ……一味だぞ……。


「お面の店員さん! これ……甘さの中にピリッとした辛味がきて癖になりそうです」


「ウフフ、これでもう普通のクリームソーダでは物足りない身体になってしまったわね。あとお面じゃなくて仮面よ……あなたわざと間違えてない?」


 キツネの仮面をつけたカクテルはそう言いながら、カタちゃんが食べているアイスの上に再び一味を軽く振りかけた。


「いやいや、それはいくらなんでもかけ過ぎだろ」


「いえ、集塵さん。もっとかけてもいいくらいですよ?」


「えぇ……」


 どうやらカタちゃんはこの奇妙な食べ方に、はまってしまったようだ。

 一味をバニラの上で軽く混ぜるようにしながら夢中で、それを頬張っている。


「そんなに美味いのか?」


 コクコクと黙って頷く彼女は口の周りをバニラで白くしているが、恐らく気がついてないのだろう。


 そんなに美味いというのなら、ひとくち試してみたい気もするな……でもコーヒーゼリーを頼んでしまっているし、カタちゃんの味覚がおかしい可能性も考慮するなら迂闊うかつに追加注文も出来ない……。


「ひとくち貰えば?」


「ん?」


 俺が考えを巡らせていると、突然銀髪が声をかけてきた。


「その手があったか……」


 って、銀髪の奴……読んだな? 時々忘れてしまうが、そういや人の心を読む能力があるんだった……その力は彼女の着ているタイツに秘密があるわけだが、正直そういった能力は使って欲しくない。


 聞いてるか銀髪?


 銀髪はにやけた表情を見せてくる。

 どうやら俺の心の声は届いているようだ。


 たしかに一口貰うのは良いアイディアだ……よし! 決めた、それでいこう。


「カタちゃん、俺にもひとくちくれないかな?」


「え⁉︎」


 俺の声にカタちゃんの手が止まる。

 あれ? 俺なんか変なこと言ったか?


「カタっ! 集塵はいいからわたしに頂戴!」


「ちょっ! 今、俺が貰おうとしてっ!」


「いいから、いいから!」


 銀髪は俺の言葉を遮ってカタちゃんの手から強引にパフェスプーンを奪うと、アイスをすくってそれを食べた。


「おおぅ! うまままー! 集塵も食べてみろ!」


「集塵さんは、だめーっ!」


 銀髪の差し出してきたスプーンをカタちゃんは顔を真っ赤にしながら静止してきた。


「なんでだよ」


「だだだ、駄目です駄目です! 絶対にだめですー!」


「そこまで拒否らなくてもいいだろ……そんなに嫌なら別にいらないぜ」


 ここまで拒否られると流石にへこむが、まぁ、俺も少し無神経だったかもな。


「カタは恥ずかしいだけなんだよねぇ」


「ん?」


 ふいの銀髪の一言にカタちゃんは銀髪を睨みつけた。


「恥ずかしくなんてないです! もう勝手にして下さい!」


 ツインテールの彼女は、バン、と両手でテーブルを叩きつけると、クリームソーダのグラスが倒れて中身が溢れてしまった。


 カタちゃんは驚いたような表情を見せると、席を立ちその場から離れようとする。

 

 瞬間、カクテルの手がツインテールを掴む。


「ちょっと待ちなさい」


 カクテルに髪を掴まれたカタちゃんは、ぎゃっ! という何かに踏み潰されたような声をあげた。


「な、何をするんですかー! 離して下さい!」


「アイス……溶けるから」


「なにそれ!」


 たしかにもっと言うべきことがあるよな……。


 睨み合うカクテルとカタちゃんの間に沈黙が続く、暫くするとカタちゃんの口がゆっくりと開いた。


「……ました」


 微かに返事をしたかと思うと、カタちゃんはカクテルの手を払い、勢いよくその場を駆け出した。


「え……嘘だろ……」


「集塵! カタを追え!」


 銀髪が声をあげる。


「いや、俺のコーヒーゼリー……」


 などと言ってる場合じゃないか……あー! もう、なんなんだよ!


 なんか前にもこんなことあったよな? 


 俺はカタちゃんを追って店内のドアを開け玄関へと急ぐと、イタタッ、と口に漏らしながら床につっぷしているカタちゃんの姿が目に入った。


「えっ! お、おい、大丈夫か?」


「い、痛いです……」


 おいおい、怪我とかしてないだろうな。


「ほら、立てるか?」


 俺は彼女をゆっくりと抱えるように起こす。

 ざっと全身をみるかぎり怪我はしていなそうだ。


「あの……あんまりジロジロ見ないでください……」


「あ、ああー、ごめん」


「いえ……」


 なんか元気ないなぁ、頭でも打ったかな?


「とりあえず戻ってカクテルさんに謝ろう。クリームソーダ溢してしまっただろ?」


「はい……」


 数瞬、彼女は素直な返事をしてきた。

 

「よし、戻るぞ」


 俺は戻ろうとカタちゃんを背に一歩踏み出そうとしたとき、何かに引っ張られるような違和感を感じた。


 振り返ると、俺の上着の裾を握るカタちゃんの姿があった。


「え? な、に?」


「……」


 なんだなんだ……何を考えているのか全くわからない……。


「痛くて歩けません……」


 ――彼女はうるうるとした目で俺を見上げて言った。


※次回、第8話は6月18日(日曜)19時6分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。



 




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