第4話 ヤキモチ

 部屋のデジタル時計は十八時を表示している。

 日が延びたとはいえ、そろそろ暗くもなるだろうし、部屋を出ていってしまったカタちゃんを放っておくわけにもいかない。


「銀髪、悪いが留守番たのめるか? ちょっと、カタちゃんを連れ戻してくる」


「え? カルビ丼冷めちゃうよ?」


 今はカルビ丼どころじゃねーんだけどな。


「あとでレンチンすれば問題ないだろ。とにかく、たのんだぞ」


「うーん……おう!」


 なんだぁ……銀髪の奴、カタちゃんのこと心配じゃないのかな?


「……だけどなぁ」


「なんか言ったか?」


「なんでもないよー。ほらっ、急がないと気が変わっちゃうかもよ?」


「あ、ああ、じゃあいってくるな」


 ん? 気が変わるってなんだ?


 俺は部屋を後にし、玄関ドアを勢いよくあけると何かにぶつかったような衝撃が手に伝わった。


「キャッ!」


 誰かいたのかっ⁉︎ 


 開きかけのドアをゆっくりと前に押し、外の様子をうかがうと、そこには見覚えのあるツーテールの制服を着た少女が、額を手で押さえながらしゃがみ込んでいた。


「カタちゃん⁉︎」


 玄関前にしゃがみ込んでいたのはカタちゃんだ。

 痛みのせいだろう、イタタ……と声を漏らしている。

 

 なんでそんなところに立っていたんだよ……。


「大丈夫か?」


「いきなりドアを思い切り開けないで下さい! 危ないじゃないですか!」


 カタちゃんは立ち上がると少し怒り気味にそう言った。


 前髪でよく確認出来ないが、額が少し赤くなっているような……。


 俺は近寄り、彼女の額にかかる髪をそっと指先で分け、怪我をしていないか確認した。


「ちょっ! な、何をしてるんですかー!」


「何って怪我でもしていたら大変だろう? 女の子なんだし」


「だだだ、大丈夫ですから!」


「いいから大人しく見せてみろ」


 俺の手を払いのけようとするカタちゃんを無視して、額の近くまで顔を寄せる。


 ふむ……気のせいか額だけじゃなくて、顔全体がほんのり赤くなっているようにも見えるけど、大きな傷は無さそうだ。


「大丈夫そうだな。良かった」


「い、いいから離れて下さい!」


 カタちゃんは小さな両手で、やさしくトンと俺の胸元を押す。


 彼女の細い指先から伝わる小さな刺激に女の子のか弱さを感じた……俺は半歩、彼女との距離を空ける。


 それにしても、なんでこんなところに立っていたんだ。

 追いかけるのに少しもたついてしまったのもあって、正直見つけだせる自信は無かったからラッキーだったけど……。


「その……もしあのカルビ丼が気に食わないのなら今から何か一緒に買いに行くか?」


 なんて声をかけるべきか迷ったが、あまり責めるような言い方はするべきではない気がした。


「……いいです」


 彼女は数瞬して返事をすると、そのまま黙って家の中へ戻っていってしまった。


 あれ? え?


「なん、だったんだ……」


  ◇


 部屋に戻るとヴォーンというレンジの動く音が部屋に響いていた。


 チンッ、という何百回と聞いてきたお約束の音が鳴ると、銀髪は少し背伸びをしながらミトンをはめた手でカルビ丼の入った器を取り出す。


 カタちゃんは……何事も無かったかのようにテーブルの前にチョコンと座っているな。


「お! 集塵しゅじん、三人分ちょうど温め終わったところだよ」


 すげータイミングの良さだ……銀髪は俺の存在に気がつくと、温められた器を両手にして声をかけてきた。


 俺はカタちゃんの正面に座ると、念の為に一言だけ声をかけることにした。

 勿論、夕食の五目カルビ丼を食べられるのかどうかだ。


「ご飯これでいいのか?」


「別に白いご飯じゃないのが気に食わなかったわけじゃないですから」


 じゃあ何が問題だったんだ? と、訊きたくもなったが、そこは言葉をのみ込むことにした……食事の前に気分が悪くなるような話はするもんじゃないだろう。


 銀髪はカタちゃんの隣に座るなり、いただきますと手を合わせて言ってきたので、俺たちも慌てるように後に続いた。



 ――パク。


 ――モグモグ、ゴキュ。


「うーむ。なんというか、カルビ肉に合わなくもないが……これは中々……」


 五目カルビ丼は、白米と違ってカルビと合わせて食べるといつもより濃厚に感じた。

 思っていたよりは美味しく食べられたが、俺は白米で食べる方が好きかもしれない。


 銀髪もカタちゃんも表情をみた感じ恐らく同じ意見だろう。


 ふと、カタちゃんと目が合うと、何故かプイッと横を向かれてしまった。


 なんなんだいったい……。


  ◇


「ふぅー、食ったくった。さてと……ちゃちゃっと片付けるか」


「わたしはお断りだからなー」


 食事を終えてソファの上に移動した銀髪は、瞬時に俺の言葉に反応する。


「最初から期待してねーよ」


 全身タイツ姿の少女は、こちらに向かって両目を閉じながら舌をだすと、べー! として見せる。


「子供か……」


 ――カチャ。


 ん? 気がつくとカタちゃんはテーブルに置かれている器を重ねるとキッチンへと黙って運んでいった。


 珍しいなぁ……ほんと今日のカタちゃん、どうしたんだ?


「集塵、手伝ってあげてね」


「言われるまでもねーよ。お前もたまには手伝えよな」


今日は・・・やめとく」


「なんだよ、意味ありげな言い方しやがって。そもそも片付け手伝ったことなんて、ないじゃねーか」


「いいから、早くいきなよ。洗い物終わっちゃうよ」


 銀髪はそう言うとシッシッと手で払う仕草をしてみせる。


「……」



 キッチンに入るとカタちゃんはすでに二個目の器を洗い始めていて、手元を洗剤で泡だらけにしている。


 なんだろうなぁ……気のせいか重い空気を感じて仕方がないんだが……。


 俺はとくに出来ることもなさそうなので、洗い物をする彼女の姿を横で黙って見守っていた。


 ――ゴシゴシゴシ。


 ――カチャ。


 ――ゴシゴシ、カチャ。


 三個目の器が洗い終わり、カタちゃんが蛇口をひねるとジャボジャボと勢いよく水が出る音がキッチンに響く。


 彼女は、その細い指先で器を持つと丁寧に泡を流し始めた。


 ほんの数分しか経っていないはずなのに、この無言の空気のせいか、もの凄く時間の経過を長く感じる……。


「……」


 なんとも言えない重い空気にいよいよ俺は耐えられなくなり、彼女へ声をかけようとすると、突然カタちゃんが話かけてきた。


「ヤキモチです……」


「ん?」


「その……二人の……傑作なんて……追いかけてきてくれて……とう」


 ああ……そういうことか……。


 途中、水音が邪魔をしてよく聞き取ることが出来なかったけれど、俺は理由を察した。


 そして最後の言葉は、ありがとう、で間違いないはずだ。


 カタちゃんは俺と銀髪の二人で作った五目カルビ丼にヤキモチを焼いたのだ。


 俺は優しく言葉を返すと彼女は見上げるようにして視線を向けてくる。

 

 ――今、俺の目にはカタちゃんのニコっとした笑顔が映り込んでいた。




※次回、第5話は5月28日(日曜)19時32分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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