第3話 こんなの食べられない

 ソファに座ったまま俺の顔を見上げているカタちゃんは、ほんのり顔が赤くなっているような気がした。


 暑いのかな? 着ぐるみ脱げばいいのに。


「その……お断りします。手伝いませんよ? カルビ丼が出来上がったら声かけてください」


 予想はしていたが、やはり拒否されたか……料理は好きじゃないのかな? だが諦めないぞ……もうひと押ししてみよう。


「そうか……でも、この先一人暮らしをすることだってあるかもしれないだろ? 今から料理に慣れとくのも悪くないと思うぜ?」


「ありません」


 言い切ったな……。


「いやいや、お腹が空いたときに料理が出来ないのは困るだろ?」


「ハァ……お年寄りみたいなこと言わないで下さい」


「お年寄り……俺はまだ二十代なんだけど……」


「いいですか集塵しゅじんさん。今はコンビニという便利な物があるんですよ? お腹が空いたら買いにいけばいいのです」


 カタちゃんはイヤホンを耳にめようとしたその手を止めて、俺にそう言ってきた……なんだか、やばい思考だな。


「コンビニって……そんなものばかり食べてると、そのうち病気になっちまうぜ?」


「そのコンビニのカルビ炭火焼き弁当を毎日のように食べていた人に言われたくないです」


「……」


 うーむ、手強い……まぁ、無理にやらせるのも逆効果かもしれないな。


 それにしても、なんで頑なに拒否するんだろうなぁ……以前は料理はともかく皿の準備くらいなら手伝ってくれたものだけど……いつからか、それすらやらなくなってしまった。


「とにかく、私は音楽を楽しんでいるので……」


 ツーテールの彼女はイヤホンを耳に嵌めると、そばに置いていた着ぐるみの頭を被って背を向けてしまった。


 仕方ない、今回は諦めるか……俺は着ぐるみのうさぎの頭を後ろから軽く叩き、その場から離れた。


  ◇


 キッチンに戻ると既に炊飯器はセットされていて赤く点灯している炊飯のランプを銀髪はじっと眺めていた。


 彼女は俺の存在に気がつくと、突然炊飯器をバンバンと叩きはじめる。


「集塵! 米セットしておいたよ!」


「さんきゅうな。でも炊飯器は叩くなよ」


 俺はいつもの奇行に返事をすると、彼女はその手を止めた。


 随分と慣れてきたようだな。米を炊くのは完全にマスターしたようだ……って、ん? なんだこの袋?


 炊飯器の横に目をやると、見覚えのない銀色の袋が封をきられた状態で置かれている。


 俺はそれを手に取って確認してみた。

 そこには文字が書かれている。


「おい、銀髪。この、五目ご飯の素ってなんだ……」


「見つかっちゃった!」


「見つかっちゃった、じゃねーよ……お前これを米に混ぜたんじゃないだろうな……」


「凄いでしょ? これを入れるだけで五目ごはんになるんだって!」


 頭が痛い……というか、こんなものあったかな? 何処から持ってきたんだよ。


「さあ問題です。銀髪さん、今夜のメニューはなんでしょう?」


「カルビ丼だよ。集塵忘れちゃったの?」


「忘れてねーよ……なんでカルビ丼なのに五目ごはんになってるんだ……おかしいだろ」


「うー」


 銀髪は腕を組むと声を漏らしながら考えるような素振りをしてみせるが、何を考える必要があるというのか。


「五目ごはんは不味いの?」


 彼女は腕を組んだまま、唐突にそう問いかけてきた。


「不味くないだろ」


「美味しい?」


「美味しいよ」


「美味しいのはダメ?」


「ダメじゃねーよ」


「美味しいことに何か問題あるの?」


「ねーよ」


「じゃあいいよね?」


「……」


 なんだこの不毛な会話は……。


「たくっ、仕方ねーなぁ、五目カルビ丼にするか……もしかしたら相性いいかもだしな」


「へへへ……」


 銀髪は誇らしげに二本指を立てニヤニヤとしている。


「なんでピースサインなんだよ……」


  ◇


「最後に胡麻をふりかけてと……よし! これで完成だ!」


「うわっ! 全体的に茶色いねー」


「お前のせいだろ」


 タレに漬け込んでいたカルビ肉を火に通し、それを銀髪特製の五目ごはんの上にのせた五目カルビ丼が完成した。

 胡麻を最初に漬け込まないで後からかけるのが俺流だ。


「銀髪、自分の分だけ運んでくれ。カタちゃんのは俺が運ぶから」


「おう!」


 銀髪は返事をすると、どんぶりを両手で丁寧に持ち小走りでキッチンを出ていった。



 カタちゃんは、いつのまにか着ぐるみを脱いでいて制服姿でリビングのテーブルの前に腰をかけていた。

 テレビはいつの間にかニュースに変わっている。


「あれ? 待たしちゃったかな?」


「べ、べつにカルビの匂いに反応したわけじゃないですからね」


 カタちゃんはどもりながら顔を横に向けて返事をした。


 なるほど、お腹が空いたのか……。


「はい、カタちゃんの分だよ」


 俺は茶色いご飯と化したカルビ丼をカタちゃんの前に置くと彼女は驚いたような表情を見せた。

 そりゃそうだよな……イメージしていたものとは違うものが出てきたら誰でも動揺する。


「えと……これは……」


「それは、わたしと集塵で協力して出来た傑作だぞ!」


 銀髪はカタちゃんの言葉に反応した。


「勝手に入れただけだろ……ごめんなカタちゃん、銀髪のやつが何処からか見つけてきた五目ごはんの素を入れてしまったんだよ」


「……す……か」


「カタちゃん?」


 気のせいかカタちゃんの表情が暗い。


「なんですかっ! こんなの食べられないっ! なにが傑作よっ!」


 カタちゃんは突然、そう叫ぶと席から立ち上がり走ってリビングから出て行ってしまった。


「集塵……カタになにかしたのか?」


「したのはお前だろ……」


 ――数瞬、玄関のドアの閉まる音が耳に届いた。



※カタちゃんは何故部屋を飛び出していってしまったのか? 次回、第4話は5月21日(日曜)19時32分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。

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