第2話 なにげない日常
買い物から帰宅した俺と銀髪の前に現れたのは怪しいウサギの着ぐるみだ。
見覚えがあるようなシルエットだな?
背を向けて立つそのウサギは全身ピンクで小柄……そう、このサイズは俺の横に立つ銀髪と同じくらい。
さては……この背丈……。
そのウサギはゆっくり振り返ると顔の部分だけがくり抜かれたようになっていて、そこには見覚えのある少女の顔があった。
やっぱりか。
「カタちゃん……何だ、それは?」
「エヘヘー、ビックリしました?
カタちゃんは、そう言うとピョンピョンと小さく跳ねてみせる。
うらぎりって随分と物騒な名前だな。
人気だからって着ぐるみまで売り出してるのか……というか、なぜ買った。
それにしても最近、笑いかたがお姉ちゃんに似てきたなぁ。
「おおう! カタちゃん! それ、わたしも着てみたい!」
突然、銀髪が声をあげたかと思うと着ぐるみカタちゃんに走りよって、飛びつくように抱きついた。
「モフモフー! 集塵っ! モフモフだぞ!」
銀髪は顔をすりすりしたり、手であちこち触って着ぐるみの感触を楽しんでいる。
「ちょ、銀髪ちゃ、きゃっ、あ、あはははははは、やめてっ、くすぐったい、や、やめ……いやははははっ」
カタちゃんは身体をくねらせ怪しい動きをしている。
なんかやばい生物に見えるぞ……幼い子がみたら泣いてしまいそうだ。
「集塵! 触ってみなよー! 気持ちいいよー!」
「俺がやったら問題が起きるだろ……アホなことやってないで飯つくるぞ」
俺は戯れ合う二人を横目に、ずり落ちかかった十キロの米を抱え直してキッチンへと向かった。
「あはははははははっ、くすぐったいー、あはははは」
なにげもない日常の中、二人の笑い声が耳に心地よい。
◇
「まずは肉を投下! そして醤油に砂糖……と、生姜、にんにくを入れて……塩こしょう……に……」
あと酒だ……この日本酒なぁ……折角貰っても飲まないから料理ぐらいにしか使い道ないんだよね。
同居人の二人も飲まないし、それ以前に未成年……って、まてよ? カタちゃんは高校一年生だけど……あれ? 銀髪って何歳になるんだ?
よく考えたら正確な年齢知らないぞ。
「うぉっ!」
いつものようにカルビ丼をつくるため下準備をしていると、突然脇腹がくすぐったいような感じがした。
「こしょ、こしょこしょこしょぉぉ」
――ムギュ!
「あっぶね!」
振り返り、目線を下げると細い指先で俺の脇腹をおもいきり掴む銀髪の姿があった。
まあ、こんなことをやりそうなのは、こいつくらいしか此処には住んでないんだけどな。
「こら! 貴重な肉が入ったボウルを危うく落としそうになっただろ! 食えなくなっても知らねーからな」
「
「甘いとか甘くないの問題じゃないし。あと、なんでフルネーム呼びなんだよ」
銀髪は手を離すと、その両手を自身の腰に持っていきふんぞり返っている。
よく分からんが自慢げだな……。
「もうすぐ、ご飯出来るの?」
「もうすぐ出来ないし、暇なら手伝ってくれよな。ところでカタちゃんは何をしてるんだ?」
「あー、カタならリビングでテレビ観てるよ」
「いきなり呼び捨てだな……ちょっと呼んできてくれないか」
「やだ」
拒否の理由を訊く気も起きない……仕方ない、俺が行こう。
「それじゃあ俺が呼んでくるから米を炊飯器にセットしておいてくれないか。やり方は覚えてるよな?」
「おう! まかせて!」
銀髪はそう言うと米の袋を開け始めた。
◇
リビングへ行くとカタちゃんは着ぐるみの頭だけ外し、ソファの上で横になりながらテレビを観ていた。
音楽番組だろうか? テレビの中では何処かで見たことあるような髪を青く染めた女性ボーカルが歌っている。
そういやカタちゃんは少し前まで非売品の特製ヘッドホンを使ってたけれど、壊れてしまったんだっけ? 誕生日がきたら新しいのを買ってあげようかな。
それにしても、もうすぐ六月だし、今日は気温も高めだ……あんなモフモフしたもの着て暑くないのか?
「カタちゃん、ちょっといいかな」
「……」
あれ? 聞こえてないのか?
「カタちゃん」
「……」
まさか反抗期か……いやいや、もう高校生だぞ? それはないと思いたい。
俺はさっきよりも大きめな声で呼んでみることにした。
「カタちゃんっ!」
瞬間、カタちゃんの身体がピクッと反応したかと思うと、こちらに気がついたのか姿勢を戻して俺の顔を見てきた。
「なんですか?」
カタちゃんは両手を耳に持っていくと、その指先に小型のイヤホンを摘んでいる。
なるほど……誕生日プレゼントの件は考え直しすことにしよう……。
「テレビを観てたんじゃなかったのか?」
「観てましたよ? 観ながら好きな曲聴いてました。何かようです?」
「ああっ、そうだ。今、夕ご飯の準備をしているんだけど、一緒にやらないか?」
「え?」
カタちゃんは驚いたような顔をして見せる。
まあ、いままでご飯の支度で声かけたことなんて無かったもんな……でも、カタちゃんも、もう高校生だ。
そろそろ料理とか覚えても良いんじゃないかと思って俺は声をかけた。
少し照れくさそうな表情を見せながら、その唇はゆっくりと動きだす。
「私は……」
※次回、第3話は5月14日(日曜)19時32分の公開となります。引き続きカタちゃんと銀髪ちゃんを楽しんでいただけましたら幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます