4.手紙


「あの、ツィバルさん?」


 セヒスムンドの部屋はぼくの部屋からそう遠くない場所にあった。ドアにそっと耳を添えて、中の様子を窺う。物音はしない。どこへ行ったのだろうか? 少しだけ開いて、隙間からもう一度確かめる。大丈夫そうだ。


「ツィバルさん、あんた一体何を」


 ──よし、入る。


 怠惰なセヒスムンドのことだから、日記や何かの類を残していたとは思えない。だが、偽物の方ならば、何か証拠や手掛かりでも残してくれているのではないだろうか。日記の続きでも見つかれば御の字だが。あと、屋敷の見取り図が欲しい。地下室の場所が分かるものはないだろうか。


「ちょっと! 何してるんですか! ダメですって」


 アリン・チタが制止しようと声を高くする。と言っても、辺りに気取られないように囁き声のまま、というのが愉快だった。


「大丈夫。セヒスムンドならきっと分かってくれるさ。別に何か物を盗むわけじゃないし」


 しばらく抽斗を漁っていると『アフ・ツィバルへ』と蚯蚓がのたくったような字で書かれた便箋が見つかった。──そうだ。確かにきみはそんな字をしていたんだ。震える指で、慎重に、撫でるように開いて読む。


『今まで何も連絡を寄越さなかったのに、突然この手紙を送ってしまうのは都合が良すぎるだろうか。きみとの友誼に免じて、許してほしい。頼みごとがあるんだ。うちで世話をしている子供を引き取って欲しい。この前、発作が起こって……まあ全部を説明すると長くなるから要点だけ。医者曰く、おれは遠からず死ぬだろうとのことだ。図々しい願いだとは分かっているが、せめて引き取り手を見つける手伝いだけでもしてくれないだろうか。もうベッドから離れられそうにないんだ。それに、』


 インクが滲んだ。目を擦る。擦った指で手紙に触れたせいで、また染みを作ってしまう。セヒスムンドは死んでしまったのかも知れないと、今になってようやく実感が湧いた。どうか、大がかりな冗談であってくれ。──どうか。

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