第39話 飢えた狼


   *


 あれから一日……

 プリンに取り囲まれた甘ったるい寝室で、私は一人、三角座りを継続していた。

 

「…………」


 三日三晩眠りこけ、そこからさらに一日。起きてから水も食事も口にしていない。腹の底でグーと鳴ったが、なぜだか何も食べようとも思わない。


 頭にあるのは、憎きあの白狼(クルミ)の事のみ。

 アイツのせいで、幸せだった私の生活は天と地ほども変わってしまった。


「…………」


 天から地上に舞い降りただけのアイツは良いが、地上から天空に舞い上げられた私は、空で羽ばたくだけで必死なんだ。

 全部アイツのせいだ。どう考えても私の人生が狂ったのはアイツのせいだ。


「…………」


 順風満帆じゅんぷうまんぱんだった私の人生を奪い取っておいて、なんであんな好き勝手言われなくちゃいけないんだ。

 ゲームの起動方法もわからねぇような浮世離れした凶悪犯に、私の何が分かるというのか。




 ……本当に、どうしてこんな事になったんだろう。


「…………」


 私はただ、ずっと家で引きこもり生活が出来ていればそれでよかった。

 食事や買い物は宅配で済ませ、家ではゲームやネットにおぼれる堕落だらくの日々。

 全てが家の中で完結する。

 私はそれでよかった。それ以上のことなんて望んでいなかった。

 ずっとそうして居る事が私にとっての幸せだった。


「…………本当に……?」


 ……確かに外でしたい事も、あるにはあった。

 でもそれはただの憧れで、現実にするべき事じゃなかった。

 未だまゆの中から抜け出せない私が、羽の生えた人たちと交流しようだなんて、無理があったんだ。


「……」


 外は危険だ。他人になんて言われるか知った事じゃない。

 外敵に襲われるかもしれない。競い合いを強要されるかもしれない。比べられる。爪弾つまはじきにされる。

 ……そう言い訳して、ずっと外に出る事を拒んで来た。

 だけど見もしない別世界への好奇は、少しずつ……薄雪が積もっていくように微かに、私の中に蓄積されていた。

 ……意固地になって外には出られなくなった私は、何かを待っていたのかもしれない。


「…………」


 ――そして、そのきっかけは訪れた……

 訳のわからねぇオッサンが家に乗り込んで来て、突然私の人生を180度反転させる。そんな夢見たいな話。


 こいつの体で外に出たあの日、きっかけを得て、初めて外に出たあの日――

 外の世界には、私の知らない事や楽しみが沢山あるって知った。

 どうせ体も変わったのだからと、心機一転、外で過ごしてみようなんて思ったりもした。


 だけど思い知った。

 私の心は何も変わっていないって。


「うう……ぅ」


 奇跡みたいなきっかけが起きて、たとえ体が別人になったとしても、私自身の心が変わらない限り、世界の景色は変わらないって。


「うううう……ううぅうぅう」


 全部人のせいにして生きてきた。言い訳しながら生きていた。

 私が引きこもりになったのは、社会や他人のせいだって。


 ……全部、白狼アイツの言う通りだ。

 じゃあ――――


 私は何をしたい。

 私はどうしたい。

 本当の私は、


 私は――――


「うううアアアアア、っああぁああ……!」


 掌にギュッとおしり星人を握り、私は泣くのをやめた。

 暗い室内へと顔を上げる――


「繭から出る、を」


 モルディの恐ろしい声が聞こえる……


『テメェはもう、お日様の下を歩ける身分じゃぁねえだろうがぁぁ』


 白狼の辛辣しんらつな表情が思い浮かぶ……


『自らの欠点を見つめ、成長しようとする努力さえ、こいつには恐ろしいんだ』


 ――うるせぇ、うるせぇうるせぇ!


 なんで私の人生を、お前らクソ勇者共にとやかく言われなくちゃいけないんだ……!


 ギラリと灯った獣の視線が、周囲にひしめくプリンを見渡す――


 お前らなんて関係ねぇ、自分がどう生きるかは――私の勝手だ!


 空腹に任せてプリンをかっ食らう――! 


 ガチャガチャと音を立てながら、400個のプリンに手を伸ばす。


「私の人生を取り戻す……その為に、やるべき事は一つ……っ!」


 豪快に狂い喰うその姿はまさに――えた狼。

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