第40話 繭を出る。そのために


   *


「うっぷ…………ぁっぷ……」


 腹に敷き詰まったプリンに嗚咽おえつしながら、なんとなく気まずくて、私は足音を消して、そろそろと二階の階段を上がった。

 正面に見える扉を越えた先が、我が神聖なオタクルームだ。半開きになっていた扉から目だけを覗かせ、中の様子をうかがってみる事にする。


「……」


 モルディの指定した日付まで、あとたったの3日……刻一刻と迫る運命の時を前に、彼らは一様に沈んだ顔つきをしているに違いない。


 部屋の最奥には、一人コントローラーを手にテレビ画面に向かうクルミ。そしてその手前、無数のフィギュアの棚が並んだスペースで、五人は真剣な顔で額を突き合わせていた。

 まず話しだしたのはスライトだった。


「やってやるぜ、運命の分かれ道だ。ここでやらなきゃ、俺は人生の敗北者だ」


 他の四人がゴクリと唾を飲み下すと、彼はいつになく真面目な顔をして何かを回した。


「でた5だ! サッカー選手としてランクアップ、年収億超えだヒャッハー!」

「くそ、そこを退くがいいスライト。次は私の番です!」


 また何かが、シャーという音を立てて回転する。


「3……な……なぜだ。なぜよりにもよって私がこんな……」

正義執行ジャッジメント! ルーレットに逆らう事はできない! ルディンの持っている株券は全て紙切れと化した!」

「おのれ、高貴な私が、なぜこんな屈辱を……っ!!」

「次はオラだど〜……あ、1だど。やったー子どもが生まれたど」


 ――こ、こいつら……こんな状況下で人生ゲームやっていやがる!


「次は私だ。見ていろ馬鹿共……よしっ!! ボーナス1億円ゲット、流石エリート発明家の私だ。これで私は総資産10億越えの勝ち組だ!! アッハッハッハ!」


 アンタの現実は借金5000万無職の女だよ。そんな高笑いして悲しくならないのかな?


 ……て違う。こいつら、私が塞ぎ込んでてっきり落ち込んでるのかと思いきや、全然気にした風もなく遊んでいやがるぞクソが!

 すると、向こうを見てゲームしているクルミがつぶやく。


「あ〜なんだか、プリン臭くてあまったりぃなあ……胃がムカムカしやがる」

「まさかアイツ、私に気付いて……ぅっぷ」

「臆病者のネズミでも、近くにいるんじゃねぇのかなぁ」


「あれ、白狼だど」


 ――寄りかかっていた扉が突然に開け放たれ、私は無様にすっ転んで、人生ゲームの盤上に顔面から着地した。


「あ!! 俺の夢のサッカー選手ライフが!」

「私の金が!」

「オラの娘〜!」

「僕のお宝カードが!」

「良くやりましたよ白狼! こんな世界など滅びてしまえ!」


 ゲームを無茶苦茶にした私は、実に様々な反応に取り囲まれながら、ボコスカと殴られた。

 

「で……何しに来やがった? お前はずっと、貝の中に閉じこもって生きていくって決めたんだろうが」


 こちらを見もしないクルミが、ぴこぴことコントローラーを触りながら私にそう言った。

 コイツに頼みがあってここに来た私だが、前日の喧嘩も尾を引いて、バツが悪いので黙りこくる。


「まさかだけどよう……やっぱり気が変わって、助けを求めにきた訳じゃあねえよなぁ?」

「……っ」

「なに!? 遂に戦う気になったというのか、あのモルディと!」

「やったど〜オラたち信じてたんだど」

「やはり正義ジャスティスが君の胸で叫んでいたんだな」


 歓喜に沸く面々と雰囲気を変え、クルミがチッと舌打ちをするのが聞こえた。

 観念した私は、美少女にその頭を垂れながら言う。


「お前の言う通りだ」

「ああ?」

「私はお前に、助けを求めてここに来た」

「はっ……虫がいいなぁ」

「お願いだ……私に力を、強くなる方法を教えてくれ」


 ピンと張り詰めた空気は、未だ振り返りもしない少女の髪が、ざわわと浮き上がり始めた事が要因だろうか?

 けれど私は必死に頼み込む。私の人生を取り戻す為には、もうそれしか道は残されていなかったから。


「お前もモルディも、大っ嫌いだ!」

「……あ?!」

「だけど……強くならなくちゃ。強くならなくちゃ何も変わらないままだって気付いた!」

「……」

……そうでしょう?」

「……」


 コイツが家に来たあの日、臆面おくめんもなく私に言い放った言葉……

 一見乱暴なだけに思えるその言葉が、私にとっての真理に繋がっていたと気付いたんだ。


 ずっと逃げ続けてきた私は、誰かに立ち向かう事なんて無かった。

 争いが生まれていないのだから、それでいいとさえ思っていた。

 一歩下がって他者に同調する。次第にそれは、他者を優先して自分を殺すに変わっていった。


 ――違う。間違っている。

 自分の心に一本通した。それさえ私は捻じ曲げてしまっていたんだ。


 ……戦わなければ。

 逃げ続け、譲り続ける人生こそが――私を否定していた。

 私が私の生き方を肯定する為に私は――


「強くならなくちゃいけないって気付いた……」

「………ふ」


 薄ら笑いを浮かべたクルミが、ゆっくり私に振り返る――


「断る」

「――――は?」

「見てわかんねぇのか『ちょめちょめメモリアル』の全ヒロイン攻略で忙しいんだ俺は」


 空気読めやテメェ!! こちとら珍しく、シリアスパートで説得してんだろうボケが!!

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