第38話 貝になった私
*
スライトと風花ちゃんが私を蹴り回す。
「おいてめぇぇえ! 外に出ないとはどういう事だ! なに塞ぎ込んでやがる!」
「先日も一人でオタ活とやらをして来たのだろう? 何をいまさら、外の世界を怖がっているんだ白狼!」
外の世界なんてクソゲーだ。セーブもリスポーンも無いんだ。一度死んじゃったらおしまいなんだ。
「モルディに負けたのがそんなにショックだったのかど? でも白狼は、魔王を討伐したスゴイ勇者だど」
「このような苦境、幾つも乗り越えてきたのでしょう! 何を一度敗れた位でそんなにふさぎ込むのですか!」
『銃』勇者モルディ……あの強烈なる男の強さが、今でも私の恐怖を駆り立てている。
自分よりも強い存在が居て、しかも私の命を狙っていると分かったら、もう外に出る理由なんて一つも無かった。
前にも言ったが私はガンナー思考だ。敵の攻撃の当たらない遠距離から、チマチマ敵を削るタイプ。スリルなんて求めてない。安全に目的を達成出来ればそれでいいんだ。私はそういう女なんだ。
「おいコラ! なんとか言いやがれ!」
「こっ、コイツ! 高貴な私の提言を無視するつもりですか!」
蹴りによる暴行を受けているが、痛くもないし何とも思わない。
貝のように閉じこもって、三角座りの膝に頭を埋め続ける。
しばらくすると、風花ちゃんが私の側に腰を下ろしてみんなに訴えた。
「きっと白狼は、今目覚めた所で
「…………」
答えのない私の態度を見てか、スライトとルディンは舌打ちをしながら寝室を出ていった。
オロオロとしたガドフは、ふさぎ込んだ私に一言だけ添えて二人の後を追っていく。
「白狼、3日も飲まず食わずで心も弱ってるど。オラのプリン。今さっき届いたので400個。全部食べて元気出すど」
「…………」
「じゃ、いくど」
そんなに食えるかバカオーク。胸焼けするわ。
「白狼……『町喰い』戦でのキミの
ここまで中立の立場を守っていたパラディン後藤が話し始める。
「……しかし一つ。悪に屈するのは
「……」
知らないよ、横文字ばっかりうるせぇな。正義も他人の事も知らない。私は自分一人が安心安全で楽しく過ごしていられればそれで良いんだ。
第一こんな事になったのだって、全部私じゃなくてあの“白狼”のせいなんだ。
私は悪くない。私だって被害者だよ。なんで家で引きこもってゲームしてただけの美少女が、SSSランク凶悪犯の宿命を背負わなくちゃならないんだよ。
助けてほしいのはこっちの方だ。
「じゃあ僕は家に帰るよ。お母ちゃんが……オホン、母上がカレーライスを作って待っているんだ」
転移魔法の中に消えていったパラディン後藤。
なにお前だけのほほんと暮らしてんだよ。
「白狼、みんなはああ言ってたけど、本当はそんな危険な事したく無いんだよな」
「…………」
「怖いんだよな……私にはわかるよ、お前の気持ち」
私に寄り添う風花ちゃんのおっぱいが、肩にポニョンと当たる。
誰も居なくなった二人きりの寝室で、耳に侵入して来た、こそばゆいささやき――
「なぁ白狼……町の人々なんてどうだっていい。私と共に高飛びしないか?」
「…………」
「それで一旦……一旦で良いから、私にボコボコにされたという体で聖魔教会に投獄させてくれ」
「…………」
「貰った懸賞金の10%……いや、ここは頑張らせてもらって15%はお前にも山分けしてやる。どうだろうか、その後は脱獄するなり好きにすればいい。な、な、いいだろう?」
「…………」
なんてガメつい女だ……こんな状況になっても、あくまで金を得ようとしている。しかも、このままだと反逆者にされてしまう町の人々の事など一切考えていない。
これが数日前まで聖魔教会の〈
風花ちゃんは今、また死んだ魚みたいな目をしているに違いない。
「チッ……また気が変わったら言ってくれ。私はいつでもお前の味方だ」
「……」
それ味方って言わねぇんだよ。
するとそこで、やたら荒々しく階段を降りて来る、一人の少女の足音が聞こえて来る。
「モルディに出会ったみたいだな」
「…………」
「クルミちゃん」
顔を伏せているから分からないが、妙に苛立った口調でクルミは私に話しかけて来た。
「おいモヤシ女。何をうなだれていやがる」
「モヤシ女……? 何言ってるのクルミちゃん。およそ対極の存在だぞ」
「…………」
私と体が入れ替わった白狼。それを知らない風香ちゃん。なんだか話が噛み合っていないが、私はそちらをチラと見る事も無く貝になり続ける。
「テメェこの野郎……今その蓋こじ開けてやるよ」
「無理だクルミちゃん。私たちが総出になっても白狼の貝はだんまりしたまま開かないんだ。何をしたってビクともしない」
私の肩に手を置いたクルミ。そのまま耳元で息を吸い込むのが聞こえた。
「フン――――ッ!!!」
「ヒッッ――――ギャ!!!!!!」
「え!? 白狼が飛び起きた!」
クルミの膝が横腹に打ち込まれた瞬間、その壮絶な痛みに体が持ち上がって、横腹を抑えるより仕方がなくなってしまった。クルミのジットリとした視線が、顔をしかめて
「なな、何をしたんだクルミちゃん!??」
風香ちゃんの疑問に答える様子もなく、クルミは私に挑発的な言葉の連続を浴びせてきた。
「外の世界はどうだったよモヤシ女」
「ぅ……っ……!」
「一人でも出来るんじゃなかったのかよ。ええおい?」
「うるさい。こんな事になってなかったら……お前のせいで……全部お前のせいで私はこんな事に……」
「俺と入れ変わってなかったらなんでも出来たって言い草だな。お前はそうやって、いつもいつも自分に言い訳して生き続けて来たんだ」
「違う。本当に出来たんだ……少しだけど、私はお外の人たちと交流が出来たんだ!」
掌に握り込んだおしり星人の亡骸……。ほとんどダメだったけど、私でも少しは外の世界と繋がれたんだ。その証拠がこのおしり星人なんだ。
反抗的な私の目を見て、クルミは鼻から息を漏らしながら腕を組んだ。
「……遅かれ早かれ、モルディとの出会いは避けられぬ道だった」
「……っ」
「テメェの行く道に障害が立ち塞がったってんなら、叩き伏せるっきゃねぇだろうが」
「そんな簡単に言って……お前だってモルディに痛めつけられて、私のところに逃げ込んで来たんじゃないか」
「馬鹿か、誰がモルディ如きに遅れを取るかよ。腹の傷は、奴が卑劣な手を取った時に付いたかすり傷だ」
視線が付き合い、バチバチとした火花が起きると、クルミは肩をすくめながら言う。
「で? どうすんだ。言っておくがその体には、せこいガンナーを300体くらい蹴散らせるだけのポテンシャルが秘められている」
「さ、300……」
「決めるのはお前だ。さぁどうする、奴に立ち向かい日常を勝ち取るのか、塞ぎ込んだまま、焼き尽くされるのを待つか」
私はこいつに焚き付けられたのだろうか……しょぼくれた体に、ミキミキと筋肉が盛り上がって来るのを感じる。
きっと
――だけど……
「私はもう……お外になんか出ない」
「そうかよ、じゃあ好きに死んでろ」
あたふたとする風香ちゃんをよそに、私たちの間に深い亀裂が走った。
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