第34話 チャラい男、三島健司

 千恵美さんと藤原さんの今後のため、今度は俺達が千影さんが住んでいるところに向かう事にした。


彼女が指定したのは、日曜の昼過ぎになる。それを土曜の夕食中である今、千恵美さんから聴いたのだ…。



 「千影はいつでも良かったみたいだけど、三島さんが日曜日を指定したらしいわ。何でも、あたし達に興味があるんだって。『千影以外の女性と知り合いになれるぜ~!!』とか言ったみたい…」


俺達の来訪は、当然同居人の三島さんにも伝わるだろう。それより、俺のことはどうでも良いのか? こういうタイプって…。


「その人…」

藤原さんが露骨に嫌そうな顔をする。


「うん。間違いなく“チャラ男”ね。しかも女好き」


「でも三島さん、サラリーマンとして働いてるって千影さん言ってましたよね? 言葉はアレですが、根は真面目な人かも…?」


少なくとも、俺はそう思いたい…。


「それはないんじゃない? 『健司の精神年齢は、中学か高校あたりで止まってる』とか言ってたし」


「そ…そうですか」

じゃあ、さっきの言葉はなのか。


「私…、その人無理かも…」


口数が少ない藤原さんとは、相性が悪そうだ。


「心配しないで麻美ちゃん。あたしが何とかするから」


「俺も頑張ります」

年上の同姓という高い壁だが、藤原さんのためだ。何とかやってみよう。



 そして日曜日。千恵美さんによると、千影さんの自宅は車で一時間半ぐらいかかるそうだ。道中で早めの昼食を済ませてから向かう予定になっている。


俺達は既に車に乗り込んでおり、俺は助手席・藤原さんは後部座席にいる。


「隼人君と麻美ちゃんには悪いけど、トイレ休憩はこまめに入れるからね。あたし、トイレが近くて…」


「気にしないで下さい」

俺は乗ってるだけだ。文句を言う資格はない。


「…わかった」


「それじゃ、出発するわよ」

千恵美さんの合図とともに、車は動きだす。



 ……千恵美さんのトイレ休憩の多さと道の混み具合が影響して、予定より到着が遅れた。一時間半ではなく、二時間かかったのだ。


千影さんの家は一軒家だな…。周りは住宅街のようで、閑散としている。VTuberとして、周りの音に気を遣っているようだ。


「ごめんね。あたしのせいで遅れちゃって」

着いて間もなく、運転席にいる千恵美さんが謝ってきた。


「全然大丈夫ですよ」

途中寝たので、まったく気にならない。


「麻美ちゃん、起きて!」

千恵美さんは後部座席のほうを観て、寝ている藤原さんに声をかける。


「……着いた?」

彼女は目をこすりながら答える。


「着いたわよ」


「そっか…」


「忘れ物がないように注意して降りてね」


「わかってますよ」

俺は持っているカバンを手に取り、車を降りる。


……藤原さんも下りたな。それから間もなく千恵美さんもだ。


「あの子、彼氏と2人で住んでるのに 一軒家なんて広すぎない?」

千影さんの家を見上げた後、千恵美さんが口にする。


「アパートとかマンションって、隣や上下階の音を拾いやすいんですよ。配信にそういう音は厳禁なので、一軒家が向いてるんです」


「そういう事か~」


良かった。納得してもらえたようだ。


「それじゃ、呼鈴押すからね」

千恵美さんは宣言通り押した。


【姉さん達、入って】

すぐ千影さんの声が聞こえ、モニターの電源が切れた。


…千恵美さんが先導するみたいなので、俺が続き藤原さんは最後になる。

いよいよお邪魔することになるが、果たしてどうなるだろう?



 千恵美さんに続いて、千影さんの家に入る俺。…玄関を上がってすぐに千影さんと男性が立っている。あの人が三島みしま健司けんじさんか。


身長は俺達の中で一番背が高い。175~180の間だろうか。細めの体形でラフな格好をしている。外見は大人そのものだが…。


「よく来てくれたわね」

俺達を観てから微笑む千影さん。


「あなたが千恵美さんですか~」

三島さんは、玄関を上がって早々の千恵美さんの手を握る。


「千影のお姉さんなのは聴いていますが、歳を感じさせない美しさですね」


「あら、お上手ね」


…いきなり初対面の人の手を握るなんて凄いな。俺には真似できないぞ。


「2人のこともちゃんと聴いてるぜ。“クー”と麻美ちゃんだね?」


「“クー”?」

今まで呼ばれたことがないあだ名だ…。


「名前、って言うんだろ? ピッタリじゃねーか」


ピッタリなんだろうか…? 俺にはよくわからない。


「麻美ちゃんは大人しい子と聴いてるから、手を握るのは止めておくよ。本当は握りたいけどな」


「……」

藤原さんは何も答えない。


「健司! おしゃべりは後にしてよ!」

苛立ち始める千影さん。


「わかってるって。…千恵美さん、リビングまでお連れしましょう」

三島さんは千恵美さんの手を握ったまま、移動し始める。


俺達はリビング近くで立ち尽くしている…。


「藤原さん、ごめんなさいね。健司が迷惑かけて」


「いえ…」


「なんというか…、個性的な人ですね」

それ以外の言葉が思い付かない。


「アイツ馬鹿だけど、悪い奴じゃないのよ」


三島さんと千影さん。一見相性が合わないように見えるこの2人は、どこで出会っていつ付き合い始めたんだろう?


…訊ける時がきたら、尋ねてみようかな?


「さて、ワタシ達もリビングに行きましょうか」


「はい」


藤原さんは答えず頷いた。



 千影さんの家のリビングに入ると、三島さんと千恵美さんがダイニングテーブルに向かう合うように座って話している。


テーブルは4人掛けだが、俺達は5人いる。席はどうなるんだ?


「健司! 向こう行って!」

千影さんは近くのソファーを指差す。


「仕方ねーな。…それでは千恵美さん、また後で」

三島さんはソファーに移動した後、仰向けで寝転ぶ。


「ワタシは…、姉さんの横に座ろうかな」

言葉通り、千影さんは千恵美さんの横に座る。


だったら俺は…、千影さんと向き合うようにしようか。

藤原さんは、千恵美さんと向き合ったほうが気が楽だと思う。


「さて、これでゆっくり話ができるわね。姉さん達」


「オレがいることも忘れないでくれよ~、千影」


「健司、口挟まないでくれる?」


…この話し合い、穏便に済むんだろうか? いろいろ気になるが、千恵美さんと藤原さんの今後のためだ。俺もしっかり聴くとしよう。

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