第33話 突然の別れ

 千影さんと別れた俺と千恵美さんは、花恋荘に戻ってきた。長い時間話せた訳ではないが、彼女の人となりをある程度知ることができたのは大きい。


また会えると良いな…。そう思う俺であった。



 夕食の時間になり、全員が管理人室に集まる。今日千影さんに会ったことを藤原さんに伝えておこう。彼女にも関係ある話があったしな…。


「藤原さん。今日千影さんに会ってきましたよ」


「…千影? ……あぁ、サウちゃんのこと?」


彼女には、そっちのほうがしっくりくるか。


「そうです。サウちゃんのキャラとは全然違って驚きました」

藤原さんに近いタイプだと思っていたが、予想は大外れだったな。


「そうなんだ…」


あまり興味がなさそうだな…。もう一押ししてみよう。


「千影さん、藤原さんがたくさんコメントしてることわかってましたよ」

“藤麻”と聴いて、すぐピンと来てたからな。


「そうなの…?」


彼女の表情を観るに、興味を持ってくれたようだ。


「はい。それともう1つ、藤原さんに良い話があります」


「なに…?」


「千影さんが家事手伝いの仕事を千恵美さんに持ち掛けたんですが、藤原さんにもお願いしたい感じでしたね」


「…どうしてその話に私が出てくるの?」

首をかしげる藤原さん。


「あたしが千影に頼んだのよ。麻美ちゃん、サウちゃんが好きなんでしょ? だから家事手伝いと職場見学を兼ねられるかな~? って思ったの」


俺に代わり、千恵美さんが説明する。憧れの人のそばにいられるのは刺激になるはずだ。その刺激は、きっと成長に繋がるよな。


「それは気になる話だね…」


「興味がありそうね? 千影にそう伝えておくわ」


「ありがとう…。よろしくお願いします…」

藤原さんはぺこりと頭を下げる。



 「あのさ~、みんなに言いたいことがあるんだけど…」

夕食が終盤に入ったころ、金城さんが俺達の顔を見てから言う。


「どうかしたんですか?」


「実はウチ…、近い内にここを出ることにしたんだ」


金城さんは千恵美さんより後に来たから、時間の猶予はまだあるはず。

ということは…。


「良かったじゃない! 真理ちゃん!」

まるで自分のことのように喜ぶ千恵美さん。


「ありがと」

金城さんは照れ臭そうに笑う。


そうか…。婚活が上手くいったんだな。関係を進めるために離れるようだ。


「相手は誰なの?」


それは俺も気になる。


「ウイスキーくれた人だよ。酒谷さかやっていうんだけど、その人もバツイチみたいでね。『一緒に住まない?』と誘われたんだ」


“ウイスキー”と聴いて、千恵美さんと藤原さんの表情が曇る。

黒歴史を思い出すよな…。


「千恵美さん、今までお世話になりました」

深々と頭を下げる金城さん。


「そんな事は良いのよ。…真理ちゃんに先越されちゃったわね」


「千恵美さんにも、良い人が見つかるって」


俺もそう願うばかりだ。タイミングはどうしようもないけど。


「麻美。あんたも頑張りなさいよ!」


「えっ…?」

話を振られるとは思わなかったのか、驚く藤原さん。


「なに驚いてんの? 同じアパートに住んでるんだから、気にかけるって」


金城さんの言う事に、おかしな点はない。俺だってそうするだろう。


、期待しててね」


「真理ちゃんのブーケは、あたしが取ってみせるわ!」

やる気マンマンの千恵美さん。


「倉くんと麻美にも来てもらえると嬉しいな~…」

おねだりするような目で観る金城さん。


「俺で良ければ、必ず行きます!」

めでたいことだからな。金城さんがOKしてくれるなら、参加しない理由はない。


「私も一応行こうかな…」


「ありがと~」

彼女は俺の元に駆け寄り、軽くハグしてきた。…続いて藤原さんにも行う。


「この数日中に出るからよろしく。引っ越しの業者が来て迷惑かけちゃうけど…」


「わかったわ」

微笑む千恵美さん。


「了解です」

おしゃべりの金城さんがいなくなると寂しくなるな…。


「…OK」

金城さんが出ることになっても、藤原さんの表情は変わらない…。



 数日後。金城さんの宣言通り、花恋荘に引っ越し業者の中型トラック1台が停まる。元々1年限定なのを知っているためか、詰め込む荷物は少なめだった。


そして業者のトラックと共に、金城さんの車は花恋荘の敷地から出て行った…。


その日の夕食。この時から3人の食事になる。1人いないだけで、ちゃぶ台が広く感じてしまう…。


って、余計なことを考えるな! 金城さんがいなくなっても、管理人業は続くんだ。少なくとも、千恵美さんと藤原さんがここを出るまでは…。


「机が広いわね…」

準備を終え、ちゃぶ台に腰を下ろした千恵美さんが言う。


「そう…ですね」


「隼人君、そんな暗い顔しないの。遅かれ早かれ、みんなここを出るんだからね」


「わかってますけど、実際に体験すると…」

過ごした時間は決して長いとは言えないが、別れはやはり辛い。


「真理ちゃんは幸せになるためにここを出たのよ。隼人君には笑顔でいてもらいたいわ。じゃないと…」


千恵美さん、涙ぐんでるのか…?


「…すみません。俺がしっかりしないとダメですよね」

2人を不安にさせる訳にはいかない。


「ええ…。これからあたし達2人を頼むわよ、隼人君」


「はい!」

千恵美さんと藤原さんのために、俺に出来るベストを尽くすんだ!!



 「麻美ちゃん。昨日の件だけど…」

夕食が中盤に入ったころ、千恵美さんが口を開く。


「どうだった…?」

興味がある様子の藤原さん。


「麻美ちゃんにも『家事手伝い』をお願いしても良いって言ったわよ。もちろんVTuber活動の見学もOKだって」


「そうなんだ…。良かった…」


嬉しそうだな。彼女の夢の実現が近付く訳だから当然か。


「そのあとなんだけど…」

言い淀む千恵美さん。


「どうかしたんですか?」

良い話に水を差す展開なのか…?


「千影が“藤麻さんの人となりを知りたいから会いに来て”って言ってきたのよ」


「もちろん行く…。場所はどこ?」


藤原さん、やる気十分だな。


「待って! 千影の場所には、あたしも行くから!」


「千恵美さんもですか?」

まさか、藤原さんを子供扱いしているのか?


「この間の帰りに言ったわよね? 『あたしの婚活がうまくいかなかったら、千影が誘ってくれた“家事手伝い”をやる』って」


「はい。聞きました」

千影さんがオーナーのアパートに住むこともな。


「その時を考えて、あたしも千影が住んでる所に行きたいのよ。バラバラに行くなら一緒のほうが良いじゃない?」


「確かにそうですね」

千影さんの手間というのもあるが、女性1人で遠出するのは不安な世の中だ。


2人で行動したほうが、より安全なはず。


「良かったら、隼人君も来る? 君もアパートに誘われたじゃない?」


俺がそのアパートにお世話になるとしたら、大学卒業後だろう。

今1年だから、最短で4年後になるか?


「その話、気になってたんですが…。俺も一緒で良いんですか?」


「もちろんよ。あたしの車で行くつもりだから、2人でも3人でも変わらないわ」


「でしたらお願いしますね。藤原さんも良いですか?」


「うん、良いよ…」


「じゃあ、3人で行くことを千影に伝えるわね。日時は向こうの指定に従うわよ」


「了解です」

俺達3人より忙しいはずだし、そうなるのは当たり前だな。


「わかった…」



 こうして、今度は俺達が千影さんが住んでいるところに向かう事になった。彼女は彼氏の三島みしま健司けんじさんと同居していると会った時に聴いた。


彼とも会う事になるかもな。そう思いながら、夕食の時間が終わる…。

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