第32話 運命を決める誘い

 花恋荘近くの喫茶店にて、千恵美さんと共に千影さんに会った俺。以前は古賀家と縁を切りたがっていた千影さんだったが、いろいろあって考えを変えたようだ。


彼女が近況を話したので、今度は千恵美さんが訊かれる立場になるんだが、注文した飲み物が来てないから一時中断だ。


…注文した飲み物が全員分来たので、話は再開される。


 「姉さんが婚活中なのは千春姉さんから聴いてるけど、順調なの?」


「…全然よ」


「そうなんだ…。訊いて悪かったわね」


「別に良いって…」


多少空気が悪くなる。話題の関係上、仕方ないが…。


「……その婚活って、仕事をしながらしてるの?」


「違うわ。国の援助を受けてるから、仕事はしてない」


「援助? 何それ?」


「『配偶者の一方的な過失が原因で別れることになった人を援助する』制度よ。あたしは今、区の管理下にある女性専用アパートに住んでるの」


「ふ~ん。そんな制度があるんだ」


「あたしも区役所に離婚届を出した時に初めて知ったんだけどね。受付の人が親切に教えてくれたから、利用することにしたのよ」


俺は美雪叔母さん経由で知ったが、認知度は高くないんだな…。


「でもさ、いつまでも援助を受けられる訳じゃないよね?」


「ええ。期間は1年間よ。その間に再婚したり就活して、生活基盤を整えるの」


「もし、その間にできなかったら…?」


「アパートから追い出されるだけよ。自業自得でしょ」


千恵美さんは追い出されるのではなく、理想の人と再婚できると良いな…。



 「縁起が悪い話だけど、もし姉さんの婚活がうまくいかなかったら…」


千影さん、何を言う気なんだ?


「ワタシのアパートに住まない?」


「千影、あんたオーナーなの?」

驚きをあらわにする千恵美さん。


俺もビックリだ。彼女には家賃収入もあるのか…。


「別に大したことじゃないよ。面倒なことは委託してるから。VTuberがメインで、家賃収入は副業だね。2人分の家事やるの大変だから、時間はかけられないし…」


「2人分?」


「さっき言った彼氏。同居してるの」


三島みしま健司けんじさんのことか…。


「姉さんが望むなら、住む場所に加え仕事をお願いするつもりでいるわ」


「仕事? あたしに何を頼む気なの?」


「家事のお手伝いさんよ。家事のめんどくささは、元主婦の姉さんならわかるでしょ?」


「もちろん」


そんな話ができるってことは、千影さんはお金に困ってないのかも?


「その仕事の話、三島さんには当然話してあるのよね?」


千恵美さんの疑問はもっともだ。同居している三島さんの意見も重要だからな。


「話してないけど、健司はサラリーマンだから朝から晩まで家にいないのよ。…万が一何か言われても、ワタシがちゃんと説得するから心配しないで」


……もしかしなくても、千影さんの方が立場とか強かったりするんだろうか?


「即決して欲しい訳じゃないから、頭の片隅にでも置いといてよ」


「わかったわ」


「倉式君もワタシのアパートに入居する件、考えてもらえると嬉しいわ」


「ありがとうございます。機会があれば…」

新居探しで縁があるかもしれないからな。



 「…姉さん、忘れる前に」

千影さんが机の上にある携帯を手に取る。


「そうね」

要件を察した千恵美さんは、カバンから携帯を取り出す。


……2人は連絡先を交換した。


「千影。念のため確認したいんだけど…」


「何?」


「さっきの家事手伝いって、他の人もOKだったりする?」


「…それは考えてなかったけど、何で?」


「アパートの同居人に、VTuberのあんたに憧れてる人がいるのよ。動画にコメントを結構してるみたいでね。せっかくだし、職場見学みたいなのをさせたくて…」


それって、藤原さんのことか。自分のことで精一杯なはずなのに、他人を気遣うなんて…。


「ワタシの動画にコメント…。その人のニックネームは?」


「“藤麻”っていうんだけど、わかるかしら?」


「わかるわよ。その子、姉さんと同じアパートに住んでるんだ…」


「そうなのよ。年下で可愛いからほっとけなくて…。お節介かもしれないけど」

苦笑いをする千恵美さん。


「年下? その子いくつなの?」


「26歳よ」


「26か…。若い子をスケベな健司に会わせたら何されるかわからないから、時間の調整は不可欠ね」


三島さん、言いたい放題言われてるな…。尻に敷かれてたりする?



 「今日は用事があるからもう帰るけど、今度はその子とも会いたいわね」

微笑む千影さん。


前向きに考えてくれてるようだ。


「予定が合うかわからないけど、話はしてみるわ」


「えーと、会計は割り勘で良いよね?」

財布を出す千影さんだが…。


「今回はあたしが全部払うわ。あんたには遠出してもらったし、良い話を聴かせてもらったから」


「…ありがと、姉さん」

彼女は財布をしまう。


俺も奢ってもらう事になった。全然役に立たなかったのに申し訳ないな…。



 3人で一緒に店を出て早々、熱風に襲われる。8月中旬の暑さは厳しいぞ…。


「暑いからタクシー呼ぶことにするわ。だからここでお別れね」


電車で来たのは千恵美さんから聴いたが、駅から喫茶店までは歩きか?

…この炎天下の中歩くのは自殺行為だ。賢明な判断だろう。


「わかったわ。…気を付けて帰るのよ、千影」


「それはこっちのセリフよ、姉さん」


別れの挨拶を済ませた後、俺達は千影さんと別れて車に乗り込む。



 「千恵美さん。役に立てなかったのに、奢ってもらってすみません…」

赤信号で停止中なので、話すことにした。


俺のフォローなんてなくても、普通に姉妹で話ができていたのだ。

ほぼ何もしてないのに奢ってもらうのは、抵抗があるよな。


「何言ってるの! 『そばにいるだけでも心強い』って言ったじゃない!」


逆に千恵美さんにフォローされてしまった…。くよくよせず、これから精進しよう。


「まさか、あの子に家賃収入があったなんて驚きよね」

雰囲気を変えるためか、話を切り出す千恵美さん。


「はい」

将来のことをしっかり考えている証拠だ。


「今のところだけど、あの子の話受けるつもりでいるわ」


「どっちのことですか?」

住むことか? 仕事の件か?


「どっちもよ。できれば、最後の手段にしたいけどね」


俺もそうなることを祈りながら、車は花恋荘に向かって進んでいく…。

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