第29話 あれ、夢じゃないの?
管理人室での夕食中、酒に酔った金城さんが暴走し、藤原さんを襲い始める。
千恵美さんも酔っていて、ボーっとその様子を観ている感じだ。
ここは俺がしっかりしないとな! 早く金城さんを止めよう!
「金城さん、いい加減に…」
藤原さんの胸いじり中の彼女に声をかける。
今の藤原さんは、体をソワソワさせ手で口を塞いでいる。
限界はそう遠くないと思う。
「待って! 隼人君!」
「何です?」
千恵美さん、どうして止めるんだ?
「2人は良いところなんだから、邪魔しちゃダメでしょ~」
「良いところ?」
彼女の呂律はかなり悪い。まだ酔っているな…。
「そう。…あたしも我慢の限界だから、良いことしよ~♡」
千恵美さんはあぐらをかいている俺の脚に座ってきた。
今の状態は、“座りながらの抱っこ”になるだろうか。
「隼人君、
俺の胸に顔をうずめる千恵美さん。
Tシャツ越しだが、くすぐったいな。
「千恵美さん、めちゃ大胆じゃん」
ニヤニヤしながらこっちを観る金城さん。
「だって、夢の中だし~。好きにやっても良いよね~♡」
千恵美さんは今の状況を夢だと思っているのか…。
彼女には悪いが現実だ。
「ねぇねぇ隼人君。こっち観て」
藤原さんの状態を気にかけている俺に、千恵美さんが声をかける。
「どうしました?」
「…ちゅ♡」
…千恵美さんにキスをされた。相手は酔っているとはいえ、人生初のキスになる。
「ひゅ~。千恵美さん、やるじゃん」
金城さん、頼むから茶化さないでくれ…。
「あたし、隼人君と結婚しようかな~♡」
「えっ!?」
酔っ払いの言う事だ。真剣なはずがない。
「良いと思うよ~。芸能人だって、歳の差婚多いしね」
「金城さん。それはいくらなんでも、ふざけて言う事じゃ…」
「あたしは真剣だよ~、隼人君」
そう言ってから、俺の顔を見つめる千恵美さん。
…うつろな目に見つめられても、俺の心に響くことはない。
「……もう…限界…」
ひたすら金城さんに胸を責められている藤原さんが言う。
それからすぐ…、座っている彼女は体を激しくビクビクさせてから床に倒れ込む。
「ありゃ、やり過ぎちゃった? ごめん麻美」
「………」
答える余裕すらないらしい。俺がもっと早く止めていれば…。
「隼人君。あっちじゃなくて、あたしを観て!」
不満そうな口調で言う千恵美さんの言葉を聴き、彼女の顔を見る。
金城さん達を気にかける余裕はなかった…。
「あたし眠いの~。隼人君、膝枕して~」
「…わかりました」
俺の言葉を聴き、千恵美さんは“座りながらの抱っこ”状態を止め、足に頭を乗せる。
「…ウチも眠いから、部屋に戻るね~」
金城さんは少しよろめきながら立ち上がり、部屋を出て行った。
藤原さんが未だに倒れ込んでいる。心配だから声をかけよう。
「藤原さん、大丈夫ですか?」
「……何とか」
彼女はゆっくり体を起こしてから立ち上がる。
「…シキ。今日私は真理に何もされてない。…わかった?」
俺の目をしっかり観て話す藤原さん。
なるほど。黒歴史だから忘れたいんだな。
「わかりました」
「…その代わり、今の千恵美さんのことは忘れておくから」
「ありがとうございます」
黒歴史のひどさ? でいったら、藤原さん以上だからな。
忘れてくれるのはありがたい。
「それじゃ…」
不安定な足取りの状態で、彼女は部屋を出て行く。
この部屋にいるのは、俺と千恵美さんだけになった。
彼女の状態が気になるので、上からのぞき込む。
…寝息が聞こえるから寝ているな。良かった、これで一安心。
……じゃない。藤原さんが出て行ったあたりから、トイレに行きたいんだ!
膝枕してる状態じゃ行けないぞ。…どうすれば良い?
少し悩んだが、俺は千恵美さんの頭をゆっくり持ち上げ、少しずつ足を移動させることにした。起こしたくないので、慎重な行動を心掛ける。
…ふぅ、何とか移動完了だ。床の上だと彼女の頭が痛くなると思うので、俺の枕を間に挟んでおく。…これでマシになっただろう。すぐトイレに行こう。
トイレから戻ると、千恵美さんが起きていた。
「千恵美さん、気分はどうですか?」
「少し頭が重いけど、何とか大丈夫よ」
…呂律はしっかりしている。酔いは醒めたと思われる今なら話せそうだ。
……実はさっきのトイレ中に考えていたことがある。千恵美さんの酔った行動を、本人に言うかどうかだ。
あの内容を知らせるのは心苦しい。しかし、あんな失敗を婚活相手にしてしまったらどうなる? 良い雰囲気が一瞬で台無しになるぞ。
取り返しがつかなくなる前に、話しておいたほうが良いのだ。
とはいえ、責めるつもりはない。やんわりと注意する感じにしたい。
本人だって好きでああした訳じゃないと思うし…。
「千恵美さん。ウイスキーを飲んだことは覚えてます?」
何事にも段階がある。少しずつだ。
「もちろん。真理ちゃんがもらったものよね?」
「はい。じゃあ、飲んだ後はどうです?」
「良い夢を見たのよ~」
嬉しそうに話す千恵美さん。
「夢…ですか?」
「そう。隼人君に抱き着いたり、膝枕してもらったり…。夢なのが惜しいわ」
やはり夢と思い込んでいるな。これに反論するのは勇気がいる…。
いっそのこと“言わない優しさ”があるのでは?
いや、ダメだ。言わない優しさは、一時しのぎになる。俺は千恵美さんのことを思って言うんだ。咎めるために言うんじゃない!
「…それが夢じゃなかったら?」
「え? そんな訳ないじゃない。だってあたし、言ってないだけで他にも隼人君にしたのよ。あれを隼人君が受け入れるはずない…」
「その言ってない他の事って…、キスのことだったりします?」
「……」
千恵美さんは黙っている。
この沈黙は当たりだろう。違うならすぐ否定すれば良いからな。
「…嘘でしょ? あれ、夢じゃないの?」
「はい。夢じゃないんです」
「………本当に、ごめんなさい!」
土下座をしてきた千恵美さん。
「俺は気にしてませんから。頭上げてください」
まさか、土下座をするとはな…。
「そうはいかないわよ! これって“逆セクハラ”になるわよね? 隼人君、警察呼んで良いから…」
彼女は涙目になる。俺は正しいことをしたんだよな…?
「そんな事する訳ないでしょう! あれは酔ったのが原因なんですから!」
正気じゃないのはわかっている。
「でも…」
「その代わりですが、今後は酔うまでお酒を飲まないで下さい。…良いですね?」
「わかったわ。2度とあんなことしないって誓う!」
それからも、千恵美さんは何度も謝ってきた。さっきの条件だけでは納得できないようだ。だったら、もう1コ追加しよう。
それは『俺が千恵美さんに迷惑をかけても許す』というもの。
今回、俺は彼女に振り回された。なので逆のパターンになった場合を想定し、この条件にした。対等にすれば受け入れてもらえるだろう。
千恵美さんは即答して受け入れてくれた。…今回の条件は彼女を納得させるためであり、迷惑をかける気はないけど。
彼女が部屋に戻った後、疲れが急に来たので早めに寝る準備を整えた。
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