第25話 サウザンドって『千』なの?

 初バイトを終えた日の夕食後、藤原さんに誘われてサウちゃんの生配信を観ることにした。観る場所は、前回と同じ彼女の部屋だ。


あの時とは違い、藤原さんは風呂上がりじゃないから一安心だよ…。



 ……いつも通りサウちゃんがお礼の言葉を言ったので、生配信はもう終わりか。

そう思っていたら、彼女は再び話し始める。


【今日はみんなにお知らせがあるよ…】


なんだろう…? 隣にいる藤原さんと顔を合わせる。


【いつも私を応援してくれるファンのために、プレゼントを用意したんだ…】


「プレゼントって何でしょうね?」


「わからない…」


ファンである藤原さんでも予想できないみたいだ。


【今回のプレゼントは…、私のサインだよ】


サインか…。ファンにとっては欲しい物かも。


【応募方法は簡単。アンケートに答えてくれた人の中から抽選で2人にプレゼント…】


「2人ですか…。ハードル高いですね」

倍率はどれぐらいになるんだろう?


「うん…。でも私は応募する…」


それでも藤原さんはやる気のようだ。


「だったら、俺もやりますよ。もし俺に当たったら、藤原さんにプレゼントしますから」


ズルのような気もするが、俺も彼女ほどじゃないにしろファンの一人だ。

アンケートに答える資格はあるだろう。


「…ありがとう、シキ」

微笑む藤原さん。


【今日はここまで。…応募待ってるよ】

こうして、サウちゃんの配信が終わる。



 「早速、アンケートに答えてみましょう」

配信後にQRコードが出てきたので、自分の携帯で読み取る。


…サウちゃんの言う通り、アンケート画面が出てきた。


『実況して欲しいゲームはありますか?』や『配信で気になることはありますか?』など、全て記述式だ。


これはファン以外答えることはないだろうな。記述式は、どう考えても面倒だからだ。諦める人が増えれば、その分倍率は減るので好都合だが。


藤原さんは、既に入力してるみたいだ。俺ものんびりせず答えるか。



 一通り、アンケートに答えた俺。最後にメールアドレスとニックネームを求められる。アドレスは良いが、ニックネームはどうしよう?


「藤原さんって、どういうニックネームにしてます?」

俺はコメント投稿をしないので、ニックネームがない。


「『藤麻ふじあさ』。…わかりやすいでしょ?」


「そうですね…」

彼女と同じ理屈で作ると『倉隼くらはや』になるな。


…別にそれで良いか。今回の応募だけで使うんだし。

俺は“倉隼”のニックネームで、アンケートを完了させた。



 「藤原さん。どうせなら、古賀さんと金城さんにも協力してもらいましょうよ」


アンケートは、1人1回の1端末限定だ。なので2人にも協力してもらえれば、応募数を増やせることになる。面倒なことは、俺がやれば良い。


「…シキって、意外にワルだね」


それは否定できない。成りすまして、応募数を水増しするんだから…。

だが、そうするのは藤原さんの喜ぶ顔が観たいからだ。それ以外の理由はない。


「…冗談。私のことを考えてくれて嬉しい」

藤原さんはかすかに笑う。


「管理人ですから。3人のことを最優先で考えますよ!」


「…そっか」


アンケートに答えるには、2人の携帯が必要だ。すなわち、2人がそばにいないといけない。となると、管理人室に来てもらうのが楽だ。


俺は『話したいことがあるので、携帯を持って管理人室に来てください』と入力して送信する。


「…これで良しっと」


「シキ。今なにをしたの…?」


「古賀さんと金城さんに、管理人室に来てもらうように連絡しました」


「…来てくれるかな?」


「大丈夫だと思いますが…。古賀さんなら毎朝会うので、その時にお願いできますけど」


…いつまでも、ここでおしゃべりする訳にはいかない。


「呼んだ本人がいないのはシャレにならないので、管理人室に行きましょう」


「…そうだね」


俺と藤原さんは、管理人室に戻ることにした。



 管理人室に戻って早々、金城さんがやって来た。


「倉くん、何か用事~?」


「実は…」

俺はアンケートの件を話す。


「倉くんじゃなくて、麻美のためか…。まぁ、別に良いけど」


「良いの…?」

予想外の反応なのか、藤原さんは驚く。


「ウチの携帯でアンケートに答えるだけでしょ? あんたに借りを作るのも悪くないかな~って思ったんだよ」


「…それでも良い。私が真理の役に立てるとは思えないけど…」


「今じゃなくても、後で良いから。出世払いみたいな感じでさ」


「…わかった」


2人の話はついたようだ。


「ウチにはよくわからんから、倉くんに任せた」

金城さんは俺に携帯を手渡す。


「はい。…すぐ終わらせますから」

俺は金城さんに成りすまして、アンケートに答えていく。


……アンケートは終盤を迎える。連絡先を交換する際、携帯のアドレスも一緒にしたのでそれを使えば良いが…。


「金城さん、ニックネームはどうしましょう?」


「適当で良いよ~」


「そう言われても…」

こればっかりは、本人が決めないと…。


「だったら『マリマリ』にして~」


「わかりました」


…これでアンケートは完了だ。成りすましがバレないように工夫したし、大丈夫だと思うが…。


「倉くん、このアンケートの話って千恵美さんにもしたの?」


「しましたよ」

なかなか来ないな…。急な呼び出しだから仕方ないけど。


「あの千恵美さんがすぐ来ないとなると…、お風呂中かな?」


「お風呂ですか…」

前回、藤原さんの部屋に行った時を思い出す。


古賀さんも良い匂いを体に纏うのか…。早くも緊張してきたぞ。


「倉くん、なんかソワソワしてない? どうかした?」


「いえ…、何でもないです」

こんな恥ずかしいこと、3人に知られたくない。



 「ん~、やっぱ千恵美さん来ないね。ウチ戻るわ」

金城さんが部屋を出ようとした時…。


「…ゴメンね、遅くなっちゃって!」

古賀さんが慌てて部屋に入ってきて、俺の真正面に座る。


彼女の髪はまだ濡れているな…。そしてやっぱり、良い匂いがする。


「倉式君、何かあったの?」

古賀さんの緊迫とした様子に水を差すが、仕方ない…。


「実は、アンケートに答えて欲しいんですよ」


「アンケート?」


「シキ。今度は私が説明する…」

藤原さんが詳細を古賀さんに話す。


「…そういう事なら良いわよ。急に呼び出すから、何事かと思ったじゃない!」


「すみません…」

俺の文面に問題があったかもしれない。反省しないと。


「…千恵美さん。シキは私のことを思ってくれて…」


「それはちゃんとわかってるから、心配しないで。麻美ちゃん」


良かった。不安の種が消えたぞ。


「倉式君。後は任せるわね」


古賀さんの携帯を受け取った俺は、アンケートを開始する。


……今回もニックネームで一時中断だ。


「古賀さん、ニックネームはどうしましょう?」


「ちょっと待ってね。今考えるから」



 古賀さんがそう言って、30秒ぐらい経っただろうか。彼女は未だに考えている。


「千恵美さん、考え過ぎだって」

しびれを切らした金城さんが指摘する。


「だって、ニックネームとはいえ名前よ? 適当に決めて良いものじゃないわ」


「適当で良いんだよ。千恵美さんなら…『サウザンド・スマイル』でもしとけば良いじゃん」


「ちょっと待って。何であたしに『サウザンド』なんてつくのよ?」


スマイルは指摘しないのか? それとも後回し?


「だって、サウザンドは『千』だからさ。千恵美さんの『千』が当てはまるし」


「え? サウザンドって『千』なの?」

呆然とする古賀さん。


それぐらいなら、俺でも知ってるけど…。実は彼女、英語が苦手だったりする?


「そうだよ。だったら今までサウちゃんのことはどう思ってたの?」


「個性的な名前だな~って…」


その意見は間違ってないけど…。


「サウちゃんは『千の影』としてVTuber活動してることになるね。麻美。他にもそういう名前の人がいるって、前言ってなかったっけ?」(17話参照)


「いる…。そういう名前で一番活動してるのは『サウザンド・スプリング』さんになるけど…」


「その“サウザンド・スプリング”はどういう意味になるの?」


「『せんはる』か『千春せんしゅん』あたり? 『千春ちはる』っていうのもあるかもね」


千春ちはる…」

そうつぶやく古賀さん。


なんかその名前、どこかで聴いた気がする。どこだったかな…?

考え込んでる古賀さんと一緒に、記憶を整理してみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る