第24話 地獄で会おうぜ、ベイビー
今日から〇タヤでバイトを始める。頑張らないとな。俺はいつも通り起床し、朝の準備を整える。
ここを除くと、初のバイトだ。緊張して寝られないかと思いきや、意外にも普通に寝られた。
こうもリラックスできるのは、綾瀬さんがいることがわかったからか?
知り合いがいるのといないとでは、気持ちが全然違うよな。
管理人室で、古賀さんが作ってくれた朝食を2人で食べる。
「倉式君って、バイトの経験はどうなの?」
「実は、〇タヤが初めてなんですよ」
「そうなんだ。昨日言ってたクラスメートの女の子が助けてくれると良いわね」
「俺が1人前になるまで、彼女がマンツーマンしてくれるみたいで…」
「良かったじゃない。同い年の子の方が話しやすいでしょうし、色々訊いておくと良いわよ」
「はい、そのつもりです」
綾瀬さんの負担にならないよう、早めに独り立ちしないと。
朝食を食べ終え、古賀さんは自分の部屋に戻っていく。
彼女もやることがあるはずだし、行く際に声をかけなくて良いか…。
そして、バイト先に着いた。昨日帰る際に従業員用出入口のことを荒井さんに聴いたので、そこから店内に入る。
その後、バックヤードを経由しスタッフルームに入る。中には荒井さんと綾瀬さんがいた。
「おっはよ~☆ 倉式君!」
「おはよう、綾瀬さん…」
朝っぱらから、彼女は元気だな。
「倉式君、おはよう。早速だけど、制服とマニュアルね」
荒井さんから2種類を受け取る。
「昨日の面接の段階で、髪の長さとか色の条件はクリアしてるから問題ないわね。説明の手間が省けて助かるわ」
俺としては、当たり前のことをしただけなんだが…。
「制服の着方はマニュアルに書いてあるから、読みながら着替えてね。念のため、私がチェックするから安心して」
「わかりました」
俺は“男子更衣室”のプレートが付いた扉を開けて中に入る。
…『倉式』と書かれたロッカーがある。ここを使えば良さそうだ。
俺なりに着替えた後、男子更衣室を出る。
「ん~…」
綾瀬さんが俺を中心にして周囲を回り始める。
「ちゃんと着れてるね☆ よくできました☆」
「綾瀬さん。俺達、同い年だよね…?」
何で子供扱いされてるの?
「歳は同じでも、立場は全然違うでしょ?」
「まぁ、そうだけどさ…」
「倉式君。これから接客の基本である『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』の練習をするわよ。お腹から声を出してね」
「わかりました」
…接客の挨拶って、意外に難しいな。普段話すようなトーンだと、ハキハキした感じにならず好印象に繋がらない。これは要練習だな。
「今日は初めてだし、こんなものね。後は綾瀬さんの接客をよく観ること」
「はい」
「接客だけじゃなくて、何でも観て良いよ~☆ …あ、着替えとトイレは勘弁してね」
言われてもわかってるよ…。
開店時間になり、業務が開始される。俺はひたすら綾瀬さんの隣または後ろで彼女の様子を観察する。
…本の補充やレンタル品のチェックなどで、忙しなく動き回る綾瀬さん。
それに商品名を聴いて、すぐ思い付くのも凄い。
これは意外に忙しいな…。本屋だからと甘く見ていた。
「綾瀬さんと倉式君。休憩して良いわよ」
俺達のそばに来た荒井さんが言う。
時計を観たところ、昼近くか。バタバタしてたからあっという間だな。
「は~い☆」
休憩になってありがたい…。疲労感はあるし、知らない言葉ばかりで頭がパンクしそうだ。とはいえ、辞めるつもりはない。
どんな仕事も、最初が一番大変だからだ。今から逃げだしたら、社会人としてやっていけないだろう…。
綾瀬さんと一緒にスタッフルームに戻ってきた。…開店前同様、中には誰もいない。電話が鳴ったらどうするんだ?
「電話はほとんど鳴らないし、鳴ったとしてもふくてんちょ~に任せてるの。わたしにはチンプンカンプンだからね」
俺が電話を観たからか、察して答える綾瀬さん。
「そうなのか…」
俺が電話応対するのは、だいぶ先の話だろうな。
「もうお腹すいちゃったよ~。 一緒に食べようね、倉式君☆」
「そうだな」
俺達は昨日面接した机にある長椅子に、向かう合うように座る。
「そういえば、綾瀬さんはここに来てどれぐらい経ってるんだ?」
せっかく向き合って昼食中なんだ。雑談しないと寂しいよな。
「えーと、3か月ぐらいかな。
ということは、4月下旬~5月上旬か。今は8月中旬だから、間違っていない。
「倉式君。昨日から気になってたんだけど、メインにしてるバイトはどういう仕事なの?」
…弱ったな。花恋荘の管理人は、守秘義務が多い。話せないことが多いが、そう言えば怪しまれてしまうな。…本当と嘘を混ぜる感じで良いか。
「アパートの管理人だよ。といっても、難しいことはしてないけど」
「へぇ~。面白そうだね☆」
「そう思うかもしれないが、敷地内の雑草抜きばかりしてたよ。雑用の連続さ」
「あれ? 管理人なのに、住んでる人とお話ししないの?」
「することはするけど…」
根掘り葉掘り訊かれる可能性を考えて言わなかったんだよ。
「そんな大切なことを忘れてるなんて…、このうっかりさん☆」
……ツッコむのが面倒なので、うっかりさんで良いや。
「昨日、アパートの住民と映画の話をしたんだけど、綾瀬さんは“〇ーミネーター2”って知ってる?」
俺が世間知らずかもしれないからな。彼女の意見を聴きたい。
「『地獄で会おうぜ、ベイビー』だね☆ もちろん知ってるよ☆」
何故か低い声で言った後、親指を立てる綾瀬さん。…どう考えても意味深だ。
「住民の人から借りてきて欲しいって言われてさ。良いかな…?」
「もちろん☆ あれの2を観るなら、1は外せないよ☆」
「そうなのか…」
数字は続いて内容は別、というパターンではなさそうだ。
「倉式君と一緒に映画を観るのも面白そう☆ 今度わたしの家で観ようよ☆」
「そうだな」
思わずOKしてしまったが、女子の家なんて初めてだぞ。
平常心を保てるだろうか? 早くも不安になってきた…。
その後、荒井さんがスタッフルームに来て休憩の終わりを告げる。
仕事が再開しても、方針はさっきと変わらない。
…夕方になり、綾瀬さんが上がるのに合わせ俺も上がる。
「倉式君。初めての仕事はどうだったかしら?」
スタッフルームで荒井さんに感想を訊かれる。
「挨拶は上手くいかないし、覚えることが多くて大変ですね。甘く考えてたのを反省してます…」
「そう言う人って、結構いるのよ。…これからはどうするの? 続ける? 辞める?」
「もちろん続けます。まだまだ荒井さんと綾瀬さんに迷惑はかけますが」
「全然迷惑じゃないから、気にしないでね~☆」
「新人なんだから、迷惑をかけるのは当たり前よ。気にしないでちょうだい」
「ありがとうございます」
良い先輩と上司がそばにいると、頑張りがいがあるな。
「ふくてんちょ~。倉式君が〇ーミネーター1と2を借りたいらしいんですけど~」
綾瀬さん、さっきの話覚えていたのか…。
「そうなの? 従業員価格で借りられるわよ」
「それは助かります」
1はともかく、2のレンタル代は金城さんに払ってもらおう。
……無事レンタルを完了した。家に帰ったら観ようかな?
「倉式君はここをサブにしてるから、いつシフトに入るかは不明なのよね?」
「そうですね。向こうの状況次第です」
荒井さんには迷惑をかけるが仕方ない。
「だったら、入れそうな時に私の携帯に連絡して。調整するから」
「わかりました」
「じゃあ、また今度ね~☆」
「ああ」
着替え終わったら各自解散なので、着替える前に別れを済ます。
花恋荘に戻った後、昨日同様昼寝をする俺。
古賀さんに起こされたのも同じだ。
俺が起きてすぐ、管理人室で4人揃っての夕食が始まる。
「倉式君。バイトはどうだった?」
古賀さんに感想を求められる。
「結構大変でした。挨拶は難しいし、覚えることは多くて…」
「最初ですもの。慣れるまで頑張ってちょうだい」
「はい!」
元よりそのつもりだ。
「そうそう、金城さん。〇ーミネーター2借りておきましたよ」
「助かるわ~。ありがと、倉くん」
「レンタル代はいただきますけど、良いですよね?」
「えぇ~」
彼女は明らかに嫌そうな顔をする。
「真理ちゃん! ちゃんと払いなさい! 倉式君にお願いしたんだから!」
「わかってるって。冗談だよ」
本当かな…? さっきの顔は演技に見えなかったぞ。
「昨日言ったクラスメートに〇ーミネーターの話をしたら、1も勧められたので一緒に借りちゃいました」
金城さんが1も観たくなるかもしれないので、彼女に向かって話す。
「2だけ観ても面白味半減だし、ナイス判断だよ。そのクラスメート」
綾瀬さんが言ったことは本当だったか。
「一応言っとくけど、1を観る時は1人の時にしなよ。倉くん」
「何でですか?」
別にエロい映画じゃないよな…?
「1はベッドシーンがあるのよ。気まずくなるでしょう?」
古賀さんが答える。
「そういう事ですか…」
よく考えたら、一緒に映画を観る人はいないから心配無用だった。
「あえて一緒に見るのもアリかも? うまくやりなよ、倉くん」
綾瀬さんと一緒に映画を観てる時にそういうシーンがあったら、彼女はどういう反応をするんだろう? 知りたいような、知りたくないような…。
そんなくだらないことを思いながら、夕食の時間は続いていく。
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