第23話 高2のクラスメート、綾瀬 奈月

 花恋荘の最寄り駅から大学の最寄り駅の間にある駅近の〇タヤが、バイト募集をしていたので応募してみた。


そこの副店長が、かつて俺を不審者扱いした荒井さんで…。(18話参照)


理由は知らないが、その場で採用をもらう。ただし、あくまで試用期間になるので下手をことをすればだがな。


新人の俺を指導するのは同い年の女子と聴き、その人を待ったところ、高2の時のクラスメートだった。名前は綾瀬あやせ 奈月なつきさんという。


「積もる話があるんじゃない?」と気を利かせた荒井さんが、予定より早く綾瀬さんを休憩させてからスタッフルームを出る。


今、スタッフルームには俺と綾瀬さんしかいない…。



 「やっと倉式君と話せる☆ 何を訊こうかな~?」

そう言う綾瀬さんは、ニコニコしている。


「綾瀬さん。何で俺のこと覚えてるの? 話した事なかったでしょ?」


彼女の明るくて無邪気で天然っぽいところが可愛いと思い、自席からこっそり見ていただけなのだ。接点は皆無だったはず。


「倉式君が遠くからわたしのことを観ていたことは知ってるよ☆ 『いつ話しかけてくるのかな~?』って楽しみに待ってたけど、全然なんだもん…★」


話しかけなかった原因は俺がヘタレだからだ。それは認めるが、今の言い方だと逆に嫌われるよな? どういう事なんだ?


「いつまで経っても倉式君が話しかけてこないから、『わたしから話しちゃえ~☆』って考えたあたりに、クラス替えになっちゃった☆ てへ☆」


てへぺろの動作をする綾瀬さん。俺のヘタレを責めようとしないとは…。


「3年になってお互い違うクラスになったけど『見かけたら話そう☆』とずっと思ってたんだよ。でも…★」


彼女の顔が暗くなる。多分だが、機会がなかったか忘れたんだろう…。


「同じバイト先になったし、これからはいつでもおしゃべりできるね☆」


嬉しそうな綾瀬さんに水は差したくないが、今の内に言っとかないと。


「綾瀬さん。俺は他にもバイトしてて、こっちはサブなんだよ。だから、たくさんシフトを入れる気はないんだ」


「そっか…★」


彼女の落ち込む様子は見たくないが、やむを得ない。


「でもでも、ここをメインにして他をサブにすれば良いよね?」


その意見は予想済みだ。2度とそう思われないように、きつめに言っておこう。


「悪いけど、そのつもりは一切ない!」

もしそんな事をしたら、古賀さん達を裏切ることになる。


「倉式君はそのバイトを大切にしてるんだね…。これ以上は言わないよ…★」


綾瀬さんの表情を観ると、やはり罪悪感が…。ダメだ、惑わされるな!

何事にも優先順位がある。それを守るためなんだから、気にするべきじゃない。



 「倉式君って、どこの大学なの?」

少し沈黙が流れた後、綾瀬さんが訊いてくる。


「○○大学だけど…」


「わたしは△□大学~☆」


「そこって、俺の大学より数駅先のところだよね…? 綾瀬さんも電車通学なの?」

もしそうなら、同じ電車に乗って通学してることになる。


「そうだよ☆ でも、今まで電車で倉式君を観たことないね…★」


「俺もない…」


大学だから、受ける講義によって向かう時間が違うのは当然だが、1回も会わないのは気になる。考えられるのは…。


「綾瀬さんって、普段どこの車両に乗るの?」


「うーんとね、運転手さんがいる車両だよ☆ 運転手さんの後ろに立って、景色を先取りするのが好きなんだ~☆」


「俺は車掌がいるところだな」

何かあっても、すぐ駆けつけてくれる安心感がある。


「それだけ離れてたら、会うことはないよな…」

乗る車両が反対なんだから…。


「そうだね…。倉式君、これからは前に乗ってきてよ☆ 一緒におしゃべりしながら景色観ようね☆」


「それぐらいなら…」

さっき厳しめに言ったから、これはOKしておこう。



 それから間もなく、スタッフルームの扉が開く音がして…。


「積もる話は済んだかしら…?」

荒井さんがそう言ってから、俺達に近付く。


「全然で~す☆」

笑顔で答える綾瀬さん。


「それは困ったわね。そろそろ持ち場に戻ってほしいんだけど…」


「もうちょっと何とかなりませんか~? ふくてんちょ~?」

彼女は駄々をこね始める。


「…仕方ないわね。もう5分だけよ」


「ありがとうございま~す☆」


「…倉式君。今後のために連絡先を交換しましょう」

荒井さんは携帯を俺に見せてきた。


「わかりました」

パパッと交換を済ませる。


「良いな~、わたしも交換してほしいな~」

物欲しそうな目で観てくる綾瀬さん。


「…一応交換しとく?」

上司の連絡先は知っておくべきだが、先輩はどうなんだろうな?


「うん☆」


笑顔の彼女を観たら、そんな事気にならなくなった。

……綾瀬さんとも、交換を完了する。


「明日からお願いね、倉式君」


「はい!」


「明日からビシバシ指導するからね~☆」

彼女がそう言っても、説得力に欠けるな…。


この後、俺は荒井さんに見送られながら店を出た。



 花恋荘に戻ってから、俺は昼寝をすることにした。知らないところ・慣れない面接・予想外の人達との再会が、想像以上に疲労させたようだ…。


「倉式君、起きて…」

誰かに体を揺すられる。


「夕食できたけど、食べられそう?」

…どうやら、古賀さんが起こしてるようだ。


「…はい、大丈夫ですよ」

俺は体を起こし、彼女を観る。


…古賀さんだけでなく、金城さんと藤原さんもいるな。


「そんなに疲れてるってことは、新しいバイト絡み?」

既にちゃぶ台に付いている金城さんが訊く。


「そうです。面接に行って、すぐ採用をもらいました」


「良かったじゃない! 倉式君の誠実さが伝わったのよ!」

まるで自分のことのように喜ぶ古賀さん。


「今日の事、詳しく聴かせて。倉くん」


「…聴かせて」

藤原さんにも催促される。


「元からそのつもりです」

俺は既にちゃぶ台にセットされているメニュー前に移動する。



 「んで、どこの面接を受けてきたの?」

金城さんが訊く。


「××駅そばにある〇タヤです」


「へぇ~、そうなんだ」

彼女は何故かニヤニヤしながら答える。


金城さんのことだ。俺の働いてる様子を観たがっているんだろう。


「金城さん。仕事中に遊びに来ないで下さいね」


「ウチ、まだ何も言ってないけど? …倉くん、遊びに来て欲しいの?」


しまった、墓穴を掘ったぞ…。


「そのお店の店長さんはどうだった? 優しそうな人だったかしら?」


今度は古賀さんが訊いてくる。


「店長はいなくて副店長が面接をしてくれたんですが…、まさか荒井さんだとは思いませんでしたよ」


「荒井さんって誰?」


そうか、彼女は俺の前でしか自己紹介してなかったな。金城さんがそう言うのは当然だ。


「俺を不審者扱いした人です。覚えてますか?」

古賀さんと金城さんに目を配る。


「…あの人ね。覚えてるわよ」


「ウチは苦手だな~。いかにも“堅物”って感じで」


印象はバラバラだけど、覚えているみたいだ。



 綾瀬さんとの再会についてはどうしようか…? 話す必要はないが、話しちゃいけない訳じゃないし…。


…一応話しておくか。この3人とは、腹を割って話したいからな。


「実はその〇タヤで、俺が高2の時のクラスメートが働いてたんです」


「男同士、積もる話はできた? 倉くん?」


俺から話を切り出したんだ。金城さんが勘違いするのは仕方ないかも?


「そのクラスメート、女子なんですけど…」

そう言った後、3人が反応した…ような気がした。


「マジで!? 久しぶりの再会って、付き合うフラグじゃん!」


相変わらず、金城さんはふざけたことを言う…。

いつも通り、古賀さんが注意するだろうな。


「…真理ちゃんの言う通りかも。その子のこと、大切にするのよ」

意外にも、古賀さんは同調した。


俺と綾瀬さんが付き合う…? 今のところはあり得ないな。



 そうだ、明日のことを忘れずに古賀さんに伝えておこう。


「明日から早速研修することになりまして、8時30分に店に着くように準備するので、よろしくお願いします」


「わかったわ」


「倉くん、帰りに〇ーミネーター2のDVD借りて来て~。古い映画だけど、超有名だしあるでしょ」


俺をパシろうとする金城さん。〇タヤはCD・DVDレンタルできるけどさ…。

それより気になるのは…。


「その映画、超有名なんですか?」


「えぇ!?」

金城さんだけならまだしも、古賀さんも驚くとは…。


「倉くん、タイトル聞いたこともない?」


「ないですね…」


「麻美、あんたは?」

藤原さんにも確認する金城さん。


「…聴いたことがある程度」


「これがってやつなのね…。あたし達、やっぱりおばさんなんだわ…」


テンションダダ下がりの古賀さん。


「2人は、映画に詳しいんですね」


「昔は今と違って、娯楽の数が限られてたし…。映画館デートってド定番だよね? 千恵美さん?」


「そうね。婚活の時も映画は話題に上がることが多いわ」


なるほど…。やはりバイト先に〇タヤを選んだのは正解だったようだ。


「はぁ…」


古賀さんが何度もため息したけど、全員夕食を食べ終えたのだった。

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